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長島茂雄 十九 「最強の三、四番」 ON砲誕生
「最強の3、4番」 ON砲誕生

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ニューヨークのホテル・ニューヨーカーで顔を合わせたヤンキースのロジャー・マリス(左)と長嶋(1962年1月7日)=UPI・サン

 V9ばかりが注目されますが、強い巨人は、ベロビーチ・キャンプをやった1961年(昭和36年)から始まります。

 《川上哲治・新監督が率いる巨人は、ドジャース譲りのきめ細かい野球で、中日とのデッドヒートを制した。長嶋は打ちまくり、首位打者(打率3割5分3厘)、本塁打王(28本)の二冠を獲得。打点部門では桑田武(大洋)にわずか8打点及ばず(86打点)、三冠王を逃した。南海との日本シリーズは4勝2敗で雪辱を果たし、6年ぶりに制した》

 個人的にも絶好調でしたし、チームも一丸となってね。私としては、ようやく「日本一」に立った年です。親父(おやじ)との約束を果たしたわけです。入団4年目です。翌年は阪神が優勝。でも次の年(63年)は優勝、日本シリーズでも西鉄を破り、次々と宿敵を倒していくわけですよ。

 ワンちゃん(王貞治)は、すごい素質を持っていたけれど、入団以来、低迷してたでしょ。それが開花するのが一本足打法に切り替えた62年のシーズンからですね。荒川博コーチによるマンツーマンの指導ね。真剣を使っての素振りとかね、みなさんご存じでしょう。まさに血のにじむような努力でしたね。

 それが7月ですか、いきなり一本足で打席に立って、あれよあれよという間にこのシーズン、38本打ってホームラン王。3番に定着して、4番の私とONコンビとなるわけです。

 よく聞かれるんですが、「最大のライバルは王ですか」ってね。でもねライバルっていえるのかな。ライバルというより、一緒に切磋琢磨(せっさたくま)した仲間ですかね。私もそうですが、常々、全力プレーを心がけた。最強の3番、4番ですから、相手のピッチャーも精魂込めて投げてくる。だからこそ、二人とも気を抜かないし、気を抜けない。そんな感じかな。だからライバルでしょうって。違うんですよね、微妙に。競り合って、ONのアベックホームランは100試合に達しましたね。

 ホームラン王といえば、62年の正月に、ニューヨークでヤンキースのロジャー・マリスと会いました。裕ちゃん(石原裕次郎)との旅行。裕ちゃんのセッティングでした。

 物静かな印象でね、ミッキー・マントルとともに「MM砲」と呼ばれたすごい野球選手という印象はなかったですよ。直前のシーズンに、ベーブ・ルース(ヤンキース)のホームラン記録を塗り替えて61ホーマーを打ったばかりでしたから。べーブ・ルースといえば、ニューヨークっ子にとっては神さまですからね。その記録を塗り替えたからすごい人気かと思ったら、逆に歓迎されていないという印象でした。神さまを抜いちゃったわけだから。

 ワンちゃんはというと、その後、通算ホームランでベーブ・ルースを抜いたハンク・アーロン(ブレーブス)の通算ホームラン記録(755本)を超えちゃうわけですから、すごいバッターですよ。

 《大相撲では、大鵬が61年の秋場所で2場所連続優勝後、最年少で横綱に昇進。この年、子どもが好きなものとして「巨人・大鵬・卵焼き」が流行語となる》

 強いから、相手は「巨人、大鵬に勝つ」ことを目標に挑んでくる。巨人は追われる立場になります。(敬称略)

(2006年7月4日 読売新聞)
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by unkotamezou | 2006-07-04 19:34 | 冒險 競技 藝能 娯楽