2009年 10月 15日
与那国島が危ない 中
日本最西端の沖縄県与那国町にとって、近いのに遠くなってしまったのが台湾だ。111キロ先の台湾へは、まず500キロ離れた那覇へ行かねばならない。 ◆台湾とともに栄えた島 そもそも台湾が日本統治下の戦前は、東京どころか沖縄より身近で、出稼ぎも台湾、納税も台湾紙幣が通用した。昭和20年8月15日、終戦で国境線が引かれた後も、密貿易で栄えた。駐留米軍の監視も与那国までは届かなかったのである。 地勢的にも歴史的にも、与那国町と台湾は不可分の関係にある。台湾との国境交流には、人々が島の良き時代へと思いを馳(は)せる側面もあるように感じられる。 与那国町議会は議長を含めて定数6。ただ一人、自衛隊誘致に反対の小嶺博泉議員(38)は言う。 「そもそもなぜ誘致なのかです。台湾との地の利や27年になる花蓮市との姉妹都市関係などをもっと生かすべきです。自分は自衛隊アレルギーはないし、国境を守ることは間違いではない。でも防衛力より人間で守る防人政策があってしかるべきだ。馬英九政権で中台関係が安定しているいま自衛隊を配備して緊張を高めるのはどうかと思う。町長は万策尽きたというが、定住促進策とかやることはまだある。町長には本気でやってくれと言いたい」 町長選で自衛隊誘致に反対し、台湾との積極交流を主張した田里千代基候補(51)は大差で敗れたが、小嶺議員は意気軒高だ。 昭和2年創業、与那国で一番古い泡盛のメーカー、崎元酒造所代表代行の崎元俊男氏(44)が悩んだ末に田里候補に投票したのも、台湾との交易に一縷(いちる)の望みを託したいからだった。 島で調達できない瓶やラベルを関西に注文する。関西-沖縄-石垣-与那国の輸送コストは価格を圧迫する。今後、予想される沖縄本島の泡盛や九州の焼酎との競争に勝てるか。台湾との直接航路を切望するのは、崎元氏だけではない。 ◆苦しい地場産業の前途 もっとも外間(ほかま)守吉町長(60)や自衛隊誘致派も、台湾との交流促進に必ずしも反対ではないという。 ただ、予算ありきでチャーター便を飛ばすだけのイベント頼みでは町の自立につながらない。また姉妹都市も2000人に満たない与那国町と10万人を超す花蓮市では規模が違いすぎて町の負担が大きすぎる。宮古・八重山諸島全体に広げて交流を進めていく考えも浮上している。 与那国町には集落が3つある。役場や郵便局がある祖納(そない)、テレビドラマ「Dr.コトー診療所」のオープンセットが残る比川、そして最西端の久部良(くぶら)だ。 かつてカツオやカジキ漁で栄え、戦後は密貿易の舞台ともなった久部良の栄華を物語る挿話は少なくない。 曰(いわ)く、道路沿いに料亭が軒を連ねていた。曰く、通りを行き交うのに人々は肩をぶつけあうほどだった-など。 町の最盛期の人口は1万2000人という。いま久部良は森閑としている。 ◆存亡のふちに立つ漁協 久部良漁港の傍らに立つビルの与那国町漁業協同組合で、代表理事組合長の上地常夫氏(45)に会った。 「いまは漁業組合もつぶれる時代。茨城でもつぶれたと聞きます。でもこの島で漁協がつぶれたら痛手は本当に大きい。何とか存続を図らねばならないのです」 漁協がつぶれることは、辛うじて残る産業の一つ、漁業の壊滅を意味する。上地氏は、思わしくない組合経営に危機感を覚えた町役場が送り込んだ出向第1号だ。 生き残りへ(1)後継者問題(2)輸送コスト(3)資源問題-とハードルは高い。組合員は即戦力になっていない高齢者も含めて33人。国の支援策でスカウトした後継候補者も「やっぱりできませんと3日で帰ってしまいました」と、お手上げである。 さらに漁獲量が減っている上に、禁漁区に出没する主として台湾からの遊漁や密漁も大きな問題だ。しかもこれら違法行為に町はなすすべがない。 町には海上保安庁も常駐していない。違法行為を発見すると通報で石垣島から巡視艇が駆けつける。時間にして1時間。外国船が排他的経済水域の外に出ていくのに十分な時間だ。つまり歯止めは何もないも同然なのである。 対照的に台湾警備艇の取り締まりは厳しく、危ない目に遭っている漁師も少なくないらしいが、多くを語らない。上地氏は言う。 「国境は本当に手薄です。海保は弱腰ですね。何かあっても与那国がやられてから考えようという姿勢ではないか、私たちにはそうとさえ思えるのです」 港の船の何隻かには「日の丸」が描かれていた。あまりにもささやかな自衛である。(千野境子) 平成二十一年十月十五日 七時二十一分 【与那国島が危ない】(中)「やられてから、という姿勢」
by unkotamezou
| 2009-10-15 07:21
| 國防 軍事
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