ブログトップ
<   2007年 10月 ( 11 )   > この月の画像一覧
日本海軍を派遣せよ

 パナマ船籍で日本の海運会社が管理するケミカルタンカー「ゴールデン・ノリ」(6253トン)がソマリア沖で海賊に乗っ取られた事件で、米軍の誘導ミサイル駆逐艦アーレイバークがソマリア領海に入り、タンカーを追跡している。米軍関係者が明らかにした。

 複数の関係者によると、ソマリア領海に入る際には、首都モガディシオを拠点とする同国暫定政権の許可を取得した。米艦船はここ数年、海賊追跡の際には領海の外側にとどまっていた。

 タンカーは28日に救難信号を出した。アーレイバークが追跡を開始する前、同型の駆逐艦ポーターがタンカー後部につながれていた海賊の小型船2隻を砲撃して沈めた。タンカーに引火性の高いベンゼンが積まれていたかは不明。

19.10.30 09:47 - CNN

海賊に乗っ取られた日本のタンカー、米駆逐艦が追跡中
[PR]
by unkotamezou | 2007-10-30 09:47 | 國防 軍事
官房長官 支那船に遺憾の意「主権侵害」

 町村信孝官房長官は29日午前の会見で、尖閣諸島(支那名・釣魚島)に香港の抗議船が領海に入ったことに関連し、「尖閣諸島が日本固有の領土であることは歴史的にも国際法上も疑いのないことであり、日支両国間に領土問題は存在しない。たとえ1時間余りでもわが国の主権を侵害したのは大変問題だ。(この方針は)福田内閣であろうと、どの内閣であろうと変わるところはない」と述べ、強い遺憾の意を表明した。

19.10.29 11:57

官房長官 支那抗議船に遺憾の意「主権侵害だ」
[PR]
by unkotamezou | 2007-10-29 11:57 | 國防 軍事
天皇陛下、捕鯨フィルムを寄贈

 宮内庁は26日、天皇陛下が、手元で保管してきた日本の捕鯨に関するフィルムを国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)に寄贈されたと発表した。

 フィルムは「南氷洋に於ける我捕鯨業」と題した記録映画で16ミリ全5巻。昭和10年秋から翌11年春にかけての南極海での日本の捕鯨船の活動が収められている。日本捕鯨(後の日本水産)から昭和11年に昭和天皇に贈られ、天皇陛下も学習院初等科時代に見たことがあるという。

19/10/26 19:46

天皇陛下、捕鯨フィルムを寄贈
[PR]
by unkotamezou | 2007-10-26 19:46 | 皇室
ダライ・ラマ十四世 来月十五日来日

 チベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマ14世が、来月15~23日の日程で来日を計画していることが22日、分かった。日本の仏教団体などの招きによるもので、日本政府は来日目的について「政治活動ではなく、宗教活動」として入国を受け入れる方針だ。

 チベット独立の精神的象徴でもあるダライ・ラマをめぐっては、今月中旬のブッシュ米大統領との会談や米議会による「議会名誉黄金章」の授与に対し、中国が「中国内政への粗暴な干渉だ」と反発し、米中間の外交問題に発展している。中国はダライ・ラマを「僧衣を着た国家分裂主義者」と非難し、日本に対しても入国を認めないよう求めており、日中関係に影響を与える可能性もある。

 ダライ・ラマの来日は昨年11月以来1年ぶり。日本滞在中、17~18日に三重県伊勢市内で行われる宗教関係のフォーラムに参加するほか、20日には横浜市内で仏教団体などが主催する講演会に出席する。昨年の来日では、超党派の「チベット問題を考える議員連盟」代表である民主党の枝野幸男元政調会長とも会談している。

19.10.23 00:55

ダライ・ラマ14世 来月15日来日
[PR]
by unkotamezou | 2007-10-23 00:55 | 政治 行政 立法
「かぐや」態勢整う、十二月中旬から月観測へ

 月周回中の探査衛星「かぐや」の主衛星が高度約80~120キロ・メートルの楕円軌道に入り、観測機器を月面に向ける姿勢制御に成功した。

 宇宙航空研究開発機構が21日発表した。すでに分離されている2基の子衛星を含む衛星3基がいずれも予定軌道に配置され、観測態勢が整った。

 「かぐや」は今後、4本のアンテナの展開や観測機器の調整を段階的に行い、12月中旬に観測を始める見通し。月の地平線から地球が上る「地球の出」のハイビジョン画像も、それまでに撮影する。

 「かぐや」は計14種類の機器で月を観測し、内部構造などを調べる。月の起源や歴史の謎に迫る成果が期待される。

 宇宙機構はこの日、主衛星の機器監視用カメラで撮影した画像も新たに10枚を公開。19日に高度98キロ・メートルから撮られた画像には、月の南半球と、約38万キロ・メートルかなたに小さく見える地球が一緒に写っている。

平成19年10月21日20時32分 読売新聞

「かぐや」態勢整う、12月中旬から月観測へ
[PR]
by unkotamezou | 2007-10-21 20:32 | 自然 科學 技術
皇后陛下のお誕生日に際して

宮内記者会の質問に対する文書ご回答

問一 皇太子ご夫妻の長女愛子さまは来春小学校ご入学の予定で、バスや電車に乗るなど社会体験の機会も増えています。また秋篠宮ご夫妻の長男悠仁さまは一歳の誕生日を過ぎて健やかに成長され、眞子さま佳子さまのお姉さまぶりも紀子さまにとって大きな励みとお聞きします。お孫さまたちの成長ぶりをご覧になり、ご自身の育児体験を振り返りながらの感想とアドバイス、両家との交流の様子などをお聞かせください。

皇后陛下

 四人の孫がそれぞれ両親の許で、健やかに成長していることを嬉しく思っています。眞子、佳子は今年共に高校、中学に進学し、愛子ももう来年は初等科に上がります。悠仁も元気に成長し、この九月には満一歳になりました。前置胎盤の状態で出産の日を迎える秋篠宮妃を案じつつ、東京からの報せを待った旅先の朝のことが、つい先頃のことのように思い出されます。

 私自身の育児体験をふり返り、孫たちの成長ぶりに感想やアドバイスを、との質問ですが、もうずい分以前のことですので……

 ただ、祖母として幼い者と接する喜びには、親として味わったものとも違う特別のものがあること、また、これは親としても経験したことですが、今、また祖母という新しい立場から、幼い者同士が遊んだり世話しあったりする姿を見つめる喜びにも、格別なものがあるということは申せると思います。愛子は、眞子や佳子と遊ぶ時、大層楽しそうですし、眞子と佳子も、愛子を大切に大切にしながらも、大人とは異なる、子ども同士でのみ交せる親しさをこめて相手をしています。悠仁に対しても、二人の姉たちが、丁度小さなおかあさんのように気遣いつつ、しかも十分に手加減を知った無造作さで、抱いたり着がえさせたりしている姿や、小さな愛子が、自分より更に小さい悠仁の傍でそっと手にさわっていたりする姿を、本当に好もしく可愛く思います。

 先日、朝の散歩の折に、小さなジュズダマの茂みを見つけ、戦争中疎開先で遊んだことを思い出し、陛下とご一緒に少し実を採りました。毎年集めると、いつか針の持てるようになった愛子と、首飾りを作って遊べるかもしれません。自然との交わり、折紙や綾取りのように古い遊びなど、私の方から教えてやれるものもありますが、孫たちから教えてもらうもの―例えば、私は陛下がお止めになったのでいたしませんでしたが、一輪車の乗り方など―もあり、こうした幼い人たちとの交わりは楽しく、これからも互いに時を見つけ、会う機会を作っていかれれば嬉しいことと思います。


問二 皇太子さまは六月、十二指腸ポリープ切除手術を受けられました。皇太子妃雅子さまは奈良県や長野県での泊まりがけ公務など、この一年で活動の幅を大きく広げられましたが、宮中祭祀などへの復帰は果たされていません。皇后さまはどのようなときに妃殿下の回復ぶりを実感されていますでしょうか。お二人を見守った感想とともに次代を担うお二人がまず何に取り組むことが大切なのか、お気持ちをお聞かせください。

皇后陛下

 十二指腸のポリープの手術には、細心の注意が必要とされると聞き、大層心配いたしましたが、医療関係者により、全てを無事に運んで頂き、有難いことでした。モンゴルへの旅も無事に終え、その後も障りなく過ごしており、ホッとしています。

 東宮妃の快復についても感想が求められており、また、今後二人がまず何に取り組んでいくことが大切かとのお尋ねもありますが、東宮妃がせっかく快方に向かっていると思われる今は、ただ、妃の快復を祈り、見守り支えていきたいと考えています。


問三 この一年国内外で起きたことで、皇后さまにとって特に印象に残ったことをお聞かせください。皇后さまは昨年に続き草津での音楽祭でレッスンに臨まれ、世界の著名な音楽家と一緒に演奏をされましたが、皇后さまの人生にとって音楽はどのような存在なのでしょうか。また以前からの興味に加え、新たな関心事や趣味があればお聞かせください。

皇后陛下

一(一)三月の能登半島地震、七月の新潟県中越沖地震。局地的に日本の各地を襲った暴風雨や竜巻(昨年十一月)。長く暑かった夏。地球上におこる様々な異常な現象と関連し、地球温暖化が、取り組むべき緊急な課題となって来ていることを感じます。

(二)少子高齢化が進む中で、年金問題、介護問題等に対し、人々の関心が切実であること。

(三)人々の生活の意外に身近なところに危険があることを示す事例が多く、生活の様々な分野における安全性の問題が問われていること。このことにも関連し、各地の病院で現在おこっている医師不足、とりわけ産婦人科医の減少。出産に臨む女性の安全がどのように確保出来るかを深く案じます。

(四)ハンセン病者に在宅医療の道をひらかれた沖縄愛楽園名誉園長の犀川一夫さんを始め、宮内庁参与の平岩外四さん、気象学者で女性科学者の育成と地位向上に尽くされた猿橋勝子さん、日本の分子生物学の先駆者であり、多くの子弟の研究を導き支えられた渡邊格(いたる)さん等、懐かしい方々の訃報。

(五)今年八月の新聞に、原爆投下後の広島・長崎を撮影した米国の元従軍カメラマンの死亡記事と並び、作品の一つ、「焼き場に立つ少年」と題し、死んだ弟を背負い、しっかりと直立姿勢をとって立つ幼い少年の写真が掲載されており、その姿が今も目に残っています。同じ地球上で今なお戦乱の続く地域の平和の回復を願うと共に、世界各地に生活する邦人の安全を祈らずにはいられません。


二 細々とながら音楽を続けて来た過去の年月が最初にあり、気がついた時には、音楽が自分にとって、好きで、また、大切なものとなっていたということでしょうか。十分な技術を持たない私が、内外の音楽家の方たちとの合奏の機会を持てるということは過分な恩恵ですが、美しい音に囲まれた中で自分の音を探っていくという、この上なく楽しい練習をさせて下さる方々の友情に感謝しつつ、一回毎の機会をうれしく頂いています。


三 新しいということではなく、これまでの関心につながるものですが、来年はブラジルの日系移住者の移住百周年に当たります。この度は残念ながら現地にはまいれませんが、日本にあって、陛下とご一緒にこれまでの各国への日系移住者の苦労を思い、移り住んだ国々で、人々が幸せであるよう、祈りたいと思います。それと共に、当時から百年を経た今、日本に生活する三十万を超えるといわれる南米からの移住者たちが、ふるさとを離れて住む困難をよく克服し、日本の社会に温かく受け入れられていくよう願いつつ、心を寄せていきたいと思っています。


この一年のご動静及びお誕生日当日のご日程

 皇后さまは、この一年も皇居内外の行事、式典へのご臨席、福祉、文化施設へのお出まし、国賓を始めとする賓客のご接遇など様々なお務めを果たされました。皇后さまが公的なお立場でお務めになったお仕事は三百件を超え、そのほかにも宮中祭祀十七回、献穀者、賢所勤労奉仕団及び皇居勤労奉仕団へのご会釈が五十二回ありました。

 この一年間の公的な地方行幸啓は、八月の新潟県中越沖地震に伴う被災地お見舞いを始め、第二十六回全国豊かな海づくり大会(佐賀県)、第五十八回全国植樹祭(北海道)、第六十二回国民体育大会(秋田県)、第十一回IAAF世界陸上競技選手権大阪大会(大阪府)の開会式等にご臨席になったほか、地方の文化、福祉を始めとする諸施設をご訪問になり、各地の沿道でお迎えする大勢の人々の歓迎におこたえになりました。この1年に皇后さまが陛下と共に公的にお訪ねになった自治体は一道一府五県、十四市七町一村になります。

 都内においては、陛下に同伴され、日本学士院賞、日本芸術院賞、国際生物学賞、日本国際賞等、学術・芸術関係の式典、民生委員制度創設九十周年記念全国民生委員児童委員大会等の記念行事に出席されたほか、お一方でも全国赤十字大会、フローレンス・ナイチンゲール記章授与式、日本助産師会創立八十周年記念レセプション、平成十九年国際看護師協会会員協会代表者会議・国際看護師協会学術集会に当たって行われた日本看護協会レセプション等にご出席になり、関係者をねぎらわれ、ご懇談になりました。またチャリティ・コンサートを含む各種の公演、展覧会などにもお出ましになり、社会貢献活動や文化・芸術に携わっている人々にお会いになりました。

 御所では、恒例の肢体不自由児関係の「ねむの木賞」受賞者のご接見に加え、各国から帰国した大使の帰朝報告、青年海外協力隊、日系社会青年ボランティア、シニア海外ボランティアの帰国報告、日本赤十字社社長及び副社長による同社の活動状況の報告等をご聴取になったほか、七月には新潟県中越沖地震被災状況について新潟県知事の説明をお聞きになるなど、各種のご説明やご進講をお受けになりました。

 国外では、五月下旬に、天皇陛下とご一緒に、今年がリンネ生誕三百年に当たることから、リンネと関係の深いスウェーデン及び英国からのご招待を受け、それぞれの国でのリンネ記念行事に参加されるために、この両国を公式訪問され、また、この機会に、エストニア、ラトビア、リトアニアを公式訪問されました。英国では、ロンドン・リンネ協会での記念行事にご臨席になったほか、世界初の子供のためのホスピスであるヘレン・ハウスを、今年が同ハウスの創立二十五周年の年に当たることから、創立者の願い出を受けご訪問になりました。ヘレン・ハウス及びその後に創設された青年男女のためのダグラス・ハウスについては、平成十七年に創立者シスター・フランシスが患者と共に来日した際、皇后さまが患者、引率者一同とご懇談になった経緯があり、今回両陛下のご訪英の時期に合わせて式典の日が設けられ、ご出席とお見舞いをなさいました。

 今年のご養蚕は、五月九日の天蚕山つけ作業から始まり、外国ご訪問の期間をはずして、六月十三日に紅葉山御養蚕所でのお掃きたて作業を行われました。皇后さまは、定例のご給桑(二回)、上蔟、初繭掻きの行事のほかにも、桑刻み、わら蔟作り、摘桑、収繭、小石丸出荷、小石丸採種など、幾度も桑園、御養蚕所、野蚕室にお出でになり、蚕の飼育に当たられました。お育てになった小石丸の生糸の一部は、過去十三年同様正倉院に納められ、宝物の復元のために役立てられています。

 宮中祭祀は、恒例の祭祀のほか、武烈天皇千五百年式年祭、文武天皇千三百年式年祭、堀川天皇九百年式年祭の各儀及び外国ご訪問またご帰国につき賢所皇霊殿神殿に謁するの儀に列せられました。

 皇后さまは、週日のほぼ連日のご公務に加え、土日や祝日にもしばしば公的な行事や祭祀をお務めになっておられます。本年三月には口内炎、鼻出血に続き腸壁からの出血がおありになり、三月下旬より週末や祝日を含め断続的に八日ほどお休みをお取りいただきました。ご健康には日ごろから気を付けていらっしゃり、また、陛下のご健康をお案じになり、早朝のご散策やお時間の許す中でのテニス等を努めて陛下と共になさるように心掛けておられます。また、ご自由になるお時間は多くはありませんが、その中で読書をされたりピアノの練習も少しずつ続けておられ、昨年に引き続き草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァルにも参加され、アンサンブルを学ばれました。

 十月二十日、皇后さまの七十三回目のお誕生日ご日程は、午前十時半から十二時まで、皇族方始め内閣総理大臣、衆参両院議長、最高裁判所長官、閣僚、宮内庁職員等による祝賀六回、正午、皇族方始めとのご祝宴、午後、旧奉仕者による祝賀二回、ご進講者始めとの茶会、非公式日程として夕刻から敬宮様始め未成年の内親王、親王殿下方のご挨拶があり、最後にお子様方ご夫妻とお祝御膳を囲まれます。


皇后陛下のお誕生日(平成十九年十月二十日)に際して
宮内記者会の質問に対する文書ご回答とこの一年のご動静

[PR]
by unkotamezou | 2007-10-20 23:21 | 自然 科學 技術
「かぐや」 VRAD 衛星の分離にも成功、二基の子衛星は「おきな」と「おうな」と命名

 宇宙航空研究開発機構は、9月14日に種子島宇宙センターから打ち上げられた月周回衛星「かぐや」の VRAD 衛星(Vstar)の分離運用を実行し、10月12日13時28分に分離を正常に完了した。現在、主衛星、およびVRAD衛星の状態は正常だ。

 VRAD 衛星とは、月の重力場を観測するための電波源を搭載した子衛星。また、10月9日に分離済みのリレー衛星と今回分離された VRAD 衛星は、それぞれ「おきな」、「おうな」という愛称が命名された。

 今後、かぐやは遠月点の高度を下げて10月19日に高度100kmの定常観測軌道の月周回軌道へ投入され、11月上旬ごろに定常観測軌道への投入とバス機器・観測機器の初期チェックアウトを開始、12月中旬ごろに初期チェックアウトの完了と定常観測の開始が予定されている。

19年10月12日 22:42

「かぐや」VRAD衛星の分離にも成功――2基の子衛星は「おきな」と「おうな」と命名
[PR]
by unkotamezou | 2007-10-12 22:42 | 自然 科學 技術
かぐや 子衛星を分離 監視カメラで月も撮影

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)は9日、月周回軌道に入った衛星「かぐや」が、月の裏側の重力分布の様子を世界で初めて直接観測するための子衛星1基を分離したと発表した。分離後の子衛星とかぐやの状態は正常という。同時に、アンテナ監視用カメラで撮影した月の画像も公開した。

 宇宙機構によると、かぐやは9日午前9時半すぎ、2基ある子衛星のうちの1基「リレー衛星」を分離した。

 リレー衛星は重さ約50キロの8角柱状で、最も近いところで高度約100キロ、遠いところで約2400キロの楕円軌道で月を回る。かぐやが地球からは見えない月の裏側に入った際に電波を中継する。その際、月の重力の影響でわずかに変化するかぐやの飛行状態を、電波の届き具合から追跡し、月の成り立ちと密接に関係する重力分布を探る。

 かぐやは12日ごろに残る子衛星を分離。19日ごろには予定した高度約100キロの円軌道に入り、12月中旬ごろから本格観測を始める予定。

19.10.9 20:09

かぐや 子衛星を分離 監視カメラで月も撮影
[PR]
by unkotamezou | 2007-10-09 20:09 | 自然 科學 技術
かぐや、月周回軌道に投入 宇宙機構が成功

 宇宙航空研究開発機構は5日、9月14日に種子島宇宙センター(鹿児島県南種子町)から打ち上げた月周回衛星「かぐや」を、月を回る軌道に投入することに成功したと発表した。

 かぐやは打ち上げ後、地球を2周して月に向かい、今月4日にエンジンを噴射して進路を修正。5日朝、月周回軌道に入ったことが確認された。

 地球から約38万キロ離れた月の重力につかまえてもらうという、かぐやの飛行で「最も重要」(宇宙機構)な作業を無事こなしたことになる。

 投入されたのは、月に近い地点が高度約100キロ、遠い地点は高度約1万1700キロの楕円(だえん)軌道。今後、月を回りながら遠い地点の高度を徐々に下げて2基の子衛星を分離し、順調にいけば、19日ごろには予定していた高度約100キロの円軌道に入る。その後、14ある観測機器を点検し、12月中旬から本格観測を始める予定。

 かぐやは既に、ハイビジョンカメラで鮮明な地球の姿を撮影している。

19.10.5 10:58

かぐや、月周回軌道に投入 宇宙機構が成功
[PR]
by unkotamezou | 2007-10-05 10:58 | 自然 科學 技術
ロシア漁師の密入国が不問?

■ 日本人漁師が殺されたのと大違い

≪ビールを買いに根室まで≫

 最初は笑い話かと聞き流していた。だが途中から私は怒り心頭に発したのである。
 さきごろ4年ぶりで北方領土に渡るべく、根室で1泊して地元の新聞を読み返していたときのことであった。

 4月の記事として、ウニ採りのロシア人漁師とカニ採りの日本人漁師が、根室沖でばったり出会ったという。ゴムボートに乗ったロシア人漁師は日本人漁師に何やら話しかけてきたが、言葉が通じるはずもなく日本人はロシア人に手まねで早くここから立ち去れと合図した。場所はロシア側が勝手に決めた境界線を越えたあたりで、日本側の海上である。

 もっとはっきりいうと1年前の夏、この線を越えてロシア側に入ったという理由で日本人漁師が銃撃殺害された事件のあったあたりだ。

 ロシア人漁師は、日本人の制止を振り切って根室の納沙布岬に向かった。拿捕事件や漁師殺害事件などで、こりごりしている日本人はこれを見逃すわけにいかない。さっそく携帯電話で漁師仲間に知らせた。

 漁師仲間から漁協を通じて根室警察および根室海上保安部に連絡がいったものと思われる。そして日本人漁師がカニ漁を終えて岬にもどったまさにその時、ロシア人漁師は岬の飲食店で買い求めた箱入りビール2ダースを抱えてゴムボートに乗り込む寸前で、根室署の警官に身柄を取り押さえられたのであった。地元の商店はロシア人の求めに応じて販売したが、根室ではロシア人は珍しくないから無理もない。

≪地元警察に拘束はされたが≫

 要するにロシア人漁師はビールを買いたい一心で納沙布岬に突っ走ってきたのである。しかもウニ採りの母船から離れて4人乗りのゴムボートに乗り、仲間の3人が海に潜って仕事をしているすきに、ちょっと一っ走り日本の岬でビールを買ってこようと思ったらしい。たまたま前夜は息子の誕生日で仲間に盛大に祝ってもらったから、せめてものお返しに日本のビールをと考えたという。その限りではたわいなくほほえましい話である。

 もっともロシア人は職場放棄して日本にきたのだから、事と次第によっては海に潜ってウニ採りに励んでいた仲間の漁師たちは船に戻れず大事件となるところであった。日本側からロシア側に連絡して事なきを得たという。

 警察に通報したお手柄日本人漁師3人の写真は釧路新聞に大きく掲載されているから(4月17日付)、管内漁協と警察と海保との連携による不審者の侵入阻止に大役を果たしたのはまちがいない。

 だが、私が憤慨したのはこのあとだ。

 あれから半年もたっているのに、ビール買い事件のその後が報道されていない。これは単なる旅券不所持ではなく、密入国、あるいは領海侵犯という大罪に問われるべき事例である。1年前、ロシア側が勝手に決めた境界線をわずかに越えたとして日本人漁師は撃たれて死亡し、船長はロシアの裁判を受けて48日後に214万円の罰金を支払って釈放されたというのに、同種の事件を起こしたロシア人の結末があいまいでいいはずがない。

≪地元は業を煮やした≫

 私なりにその後を調べたところによると、ロシア人漁師は釧路地検に送られたようだが、結果として入国管理局の判断でロシア側に身柄を返されたらしい。領海にかかわる不法に関して、日本人漁師は殺されロシア人漁師は不問に付されたとすれば怒り心頭に発せざるを得ないではないか。漁師がテロリストだったらどうなるか。これでいいのか日本、と声を荒立てずにいられない。

 ただし憤慨しているのは私だけではなかった。地元では新しい動きが胎動している。根室市と隣接する1市4町の協議会(略称・北隣協)が、今年12月1日に大挙して上京し北方領土返還のデモ行進を行うことを決議した。敗戦の年の12月1日に、当時の根室町長、安藤石典氏はGHQ(連合国軍総司令部)に出向いて、マッカーサー元帥に「4島は日本の領土でありスターリンの軍隊による不法占領を撤回させてほしい」と陳情している。

 日本人が最初に領土返還を国際社会に訴えた日にちなんで、地元の人々はデモを計画したのだ。

 拉致も地球温暖化も大問題だが、もう1つ日本独自の重要な問題が残っているのを忘れてはなるまい。新政権にこのことをあらためて訴えるべく、いよいよ地元は原点に立ち戻って腰を据えたと私は見ている。(かみさか ふゆこ=ノンフィクション作家)

19/10/04 05:20

【正論】上坂冬子 ロシア漁師の密入国が不問?
[PR]
by unkotamezou | 2007-10-04 05:20 | 國防 軍事