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日印首脳会談 「常任理」へ関係強化
日印首脳会談 「常任理」へ関係強化 天然ガス開発、協議開始

【ニューデリー=阿比留瑠比】

小泉純一郎首相は二十九日夜、ニューデリー市内でインドのシン首相と会談した。両首脳は、「アジア新時代」において政治、経済両面で両国関係を強化し、地球規模での協力を深めることをうたった日印共同声明に署名した。具体策として八項目の行動計画を決定、国連安保理常任理事国入りを相互に支持、将来の自由貿易協定(FTA)締結を見据え、経済関係の包括的拡大に関する報告書を一年以内にまとめる。

 会談で小泉首相は極東国際軍事裁判(東京裁判)で日本無罪論を展開したパール判事に言及してインドの寛容さをたたえ、「日印関係はインドの潜在力に見合うレベルに発展していない。私の訪印を契機に、これを顕在化させたい」と関係強化に強い意欲を示した。

 二〇〇〇年八月に締結した「日印グローバル・パートナーシップ」をさらに強化した日印共同声明は、日本、韓国、中国、東南アジア諸国連合(ASEAN)からインドに至るまでの各国が成長と安定により「優位と繁栄の弧」を築き上げることが重要だと確認した。両国は、共通の価値観と原則を有する国として、特に経済関係に焦点を当てて協力関係を発展させることとした。

 国連改革が議題となる九月の国連総会特別首脳会合を控え、ともに安全保障理事会常任理事国入りを目指す立場から、協力強化を決めた。シン首相は「日本、インド、ドイツ、ブラジルのG4として協力を進めたい」と述べた。両首脳は、日印間の貿易量の飛躍的拡大と貿易の多様化推進で合意。インド洋・アンダマン諸島付近での共同開発を念頭に、石油・天然ガス協力に関する対話を担当省庁間で開始すると決めた。シン首相は「戦略的分野での協力を深めたい」と表明、両首脳は安全保障・防衛分野での対話と交流を進めていくことで一致した。首脳会談を毎年一回開催することも確認した。
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by unkotamezou | 2005-04-30 08:30 | 政治 行政 立法
春の叙勲四千五十七人
春の叙勲4057人 女性は過去最高 断交後初、台湾・蔡氏も

 政府は二十九日付で、平成十七年春の叙勲の受章者を発表した。桐花大綬章一人、旭日章九百十三人、瑞宝章三千百四十三人の計四千五十七人。女性は三百三十九人と8・4%を占め、割合としては春秋の叙勲で過去最高となった。

 大勲位菊花章頸飾(けいしょく)、大勲位菊花大綬章に次ぐ桐花大綬章は山口繁前最高裁長官(72)で、十三年春に伊藤宗一郎元衆院議長が受章して以来、四年ぶり。旭日大綬章は八島俊章東北電力会長(73)ら二人、瑞宝大綬章も井村裕夫元京大学長(74)ら二人が選ばれた。春秋の叙勲で政治家の大綬章受章者がいないのは昭和五十四年以来。

 別枠の外国人叙勲では日本語教育の発展に寄与したとして、台湾の蔡茂豊氏(71)が旭日中綬章を受章した。昭和四十七年の日中国交正常化で日台が断交した後、台湾の受章者は初めて。このほか、日本とメキシコの貿易拡大に寄与したとして旭日大綬章を受章したメキシコのエルミニオ・ブランコ元商工振興相(54)ら海外二十一カ国・地域の三十四人が受章した。

 芸術・スポーツ分野では、作家で精神科医でもある加賀乙彦さん(76)=本名・小木貞孝=が旭日中綬章、舞踊家の花柳昌三郎さん(74)=同・山本孝子=や俳優の平幹二朗さん(71)、作曲家の鈴木淳さん(71)らが旭日小綬章を受けた。

 相次ぐ不祥事で十三年秋からOBの推薦を見送っていた外務省は今回から推薦を再開した。

 大綬章は天皇陛下から、重光章は小泉純一郎首相から、五月十九日に皇居で授与される。中綬章以下は関係閣僚から贈られる。

04/29 09:12
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by unkotamezou | 2005-04-29 09:12 | 歴史 傳統 文化
日本が北朝鮮に反論 国連常任理事国入りで
日本が北朝鮮に反論 国連常任理事国入りで

 国連機構改革をめぐる総会協議で27日、北朝鮮が歴史問題などを理由に日本の安全保障理事会の常任理事国入りに強く反対したことについて、日本の国連代表部は28日、答弁権を行使し反論したことを明らかにした。

 小沢俊朗・国連三席大使は27日の協議が終了した直後、「北朝鮮が機構改革協議とは関係のない日朝間の2国間問題について言及したことに深い懸念を表明する」と主張。「常任理事国にふさわしいかそうでないかは、国際平和と安全の維持への貢献度で判断されるべきだ」と述べ、核兵器保有を宣言し、核開発を進めている北朝鮮を非難した。

共同 04/29 01:40
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by unkotamezou | 2005-04-29 01:40 | 政治 行政 立法
外務・文科省、欧米や中韓の歴史教科書を調査へ
外務・文科省、欧米や中韓の歴史教科書を調査へ

 外務、文部科学両省は26日、欧米や豪州、中国、韓国などの歴史教科書について、第2次世界大戦や領土問題でどういう記述が行われているか、調査研究に入る方針を決めた。

 中国や韓国から日本の教科書検定問題について批判を受けていることから、各国の教科書の記述を比較検討することで、「世界の標準的な記述を探り、日本の教科書だけが変わった記述をしているわけではないことを証明したい」(外務省幹部)としている。

 中山文科相は26日の記者会見で、「文科省も世界の教科書、教育の実態調査に必要に応じて協力したい」と述べた。

 また、外務、文部科学両省は、日本の歴史教科書を中国語、韓国語に翻訳し、必要に応じて配布、公表することを検討している。

 中国、韓国では、日本の教科書を「軍国主義賛美」と批判するケースが目立つが、「具体的にどの記述が該当するか、指摘できる人はほとんどおらず、先入観や誤解に基づいて批判するケースが圧倒的に多い」(外務省幹部)ためだ。

 これに関連し、町村外相は26日の参院外交防衛委員会で、日本の教科書検定問題に関して、「検定制度そのものを理解していない国が多い。まず、中国や韓国の日本大使館のホームページで、検定制度を各国の言葉で説明する」との方針を明らかにした。

2005/4/26/23:54
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by unkotamezou | 2005-04-26 23:54 | 政治 行政 立法
和の匠 京都迎賓館 有職織
【和の匠 京都迎賓館】有職織 みやびやか、調和の美

 「有職ゆうそく織物は『色の美』。昔のご婦人は何枚も衣装を襲着かさねぎしましたからね。その調和の美しさが、なんといっても私の感性の見せ所です」

 親子二代の人間国宝、喜多川ひょう二さん(六十九)は、五百年続く京都・西陣「たわら屋」の十八代目。京都迎賓館に飾る装束や、舞台幕などを制作した。

 なかでも人目を引くのが、オレンジがかった淡いピンク地に白い撫子なでしこの花が織り込まれた装束「顕文紗けんもんしゃ 撫子丸文」。絹独特の光沢を放ち、襟やそでに細く配した緑との調和も見事。王朝文化のみやびやかさをほうふつさせ、外国の賓客を迎えるにふさわしい。

 「『有職ゆうそく』とはそもそも『有しき』から転じたもんです。朝廷や武家の決まりごとに通じた人をいい、決まりそのものを指すようになった。その決まりに従って用いられる織物が有職織物です」

 喜多川さんが次から次へと見本を広げてくれる。豪華な絹の風合い、美しい日本の伝統色。中にはどこかで見たような・・・。

 「これは天皇陛下の黄櫨染こうろぜん、こちらは皇太子さまの黄丹おうに色。色も模様も決まっているんですよ」

 ほかにも皇太子妃雅子さまや秋篠宮妃紀子さまがご成婚の際に着用された装束用の布もある。喜多川さんは、皇室の“御用織物”を手がける職人だ。

 「それぞれに決まりの寸法があり模様の数も決まっている。それに従って作る。だからこそ有職。制限された中でいかに美を表現するかが難しくもあり面白くもある。経験をつまないとできません」

 自身をオーケストラの指揮者にたとえる。一枚の装束を作るにも糸をつくる人、染める人、織る人など多くの職人の分業で成り立っている。色や糸、織り方を決めて指示し、とりまとめるのが喜多川さんの仕事だ。

 「俵屋」は室町時代からの屋号で、能装束に用いる「唐織」を専門とし、江戸時代から有職織物も手がけるようになった。

 有職織物には伝統の織り方がいくつもあり、手法によって「二陪ふたえ織物」や「錦」「綾」「うき織物」などがある。非常に細い糸で織る「うすもの」には、「」や「こく」「紗」。特に羅と穀を織る技術は複雑で、一時途絶えていたが昭和に復元された。京都迎賓館の舞台幕には穀が使われているが、向こうが透けて見える薄くて繊細な風合いは、なんともいえず上品だ。

 「技術は実際に作らないと継承されていかない。ところがこの仕事は経験の場が少ないんです。今回の仕事は若い人たちのためにもいい教材になった」という。

 父・平朗さん(故人)も人間国宝だった。いま、喜多川さんの横で、見習い中という二男・周治さん(31)が熱心に父の言葉に耳を傾けている。

 「物というのは用がなければすたれる。織物は“用の美”でもあります。千年以上を経て洗練されてきた有職織物は、日本の織物の美の原点。人間国宝に認定されたということは、技術を保護する責任を負わされたことと思う」と、喜多川さんは表情を引き締めた。

文・山上直子
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by unkotamezou | 2005-04-25 17:55 | 歴史 傳統 文化
モトール自動車 新型ハイブリッドエンジン
モトール自動車 新型ハイブリッドエンジン パワーと省エネ向上

商品化に向け耐久性検証へ

 自動車部品開発会社、モトール自動車(岡山市、林田素行社長)は、ガソリンエンジンと電気モーターを直結し、発電機をなくすことで、パワーと省エネ性能を向上させた新型のハイブリッドエンジンを開発したと発表した。今後、商品化に向け、走行実験で耐久性などを検証する。エンジンパワーが増したことで、乗用車だけではなく、トラックやバスなどでも使えるという。

 ハイブリッドエンジンはエンジンとモーターの両方を搭載し、速度によって使い分ける。エンジンの出力の一部を有効活用してモーターを回すため、燃費が向上し、騒音低減につながる。

 従来のハイブリッドエンジンは、エンジンの出力でいったん発電機を回して電気を作り、モーターを駆動している。林田社長によると、発電機を回す際や発生した電気の交・直流を変換する際に、かなりのエネルギーが失われるという。

 同社が開発した「同期式ハイブリッドエンジン」は、モーター内の磁界を変化させると、電気を発生する仕組みを応用。減速時などに発生する電気を高性能の充電池にためておき、これでモーターを動かすことで、発電機を省いた。

 このエンジンは従来型に比べ、パワーで30%、省エネ能力で15%の向上がみられたという。

 同社は、二五〇〇ccのディーゼルエンジンに、出力三十キロワットのモーターと高電圧電池を組み合わせたハイブリッドワゴン車を試作した。林田社長は「ハイブリッドエンジンの画期的な方式と自負している。商品化に向けて、走行実験で耐久性などを確認していきたい」と話している。

 林田社長は、マツダのロータリーエンジン開発にも携わったエンジン技術者。平成二年にハイブリッドエンジン開発のため、同社を設立した。
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by unkotamezou | 2005-04-25 08:30 | 自然 科學 技術
北朝鮮制裁を求める国民集会に六千人
北経済制裁 6000人「首相決断を」 拉致国民大集会 定員3倍参加

 拉致被害者の「家族会」や支援組織「救う会」、超党派の国会議員で組織する「拉致議連」は二十四日、東京都千代田区の日比谷公会堂で、全国規模の国民大集会を開いた。会場に訪れたのは、定員二千人を大幅に超える六千人。会場に入れなかった人たちのために、家族らは急遽(きゅうきょ)場外に入れ替わり姿を見せ、早期の拉致問題解決を訴えた。

 今回の集会のテーマは「小泉首相の決断を求める」。家族らは強い口調で、政府に北朝鮮に対する経済制裁の実施など毅然(きぜん)たる対応を求めた。

 家族会代表で横田めぐみさん=拉致当時(13)=の父、滋さん(72)は「小泉首相はいまだに経済制裁に慎重な姿勢を崩していないが、偽の遺骨を出してきたことに国として怒るべきだ。みなさんの今日の熱意を感じて制裁に踏み切ってほしい」とあいさつすると、大きな拍手が起こった。

 蓮池薫さん(47)ら、帰国した拉致被害者五人もメッセージを寄せた。

 曽我ひとみさん(45)は「今さらのように、見る物、聞く物、みんなが、母の姿に思えてなりません。一日も早く、母に会いたくて、いてもたってもいられません」と、一緒に拉致され、いまだに行方不明の母、ミヨシさん=同(46)=への思いを訴えた。

 被害者の家族によるパネルディスカッションも行われた。

 有本恵子さん=同(23)=の母、嘉代子さん(79)は「私も年はいっているが、娘も年を重ねている。どうすれば救えるのかと考えると夜も眠れない」と涙ながらに語った。一歳のときに母を拉致された田口八重子さん=同(22)=の長男、飯塚耕一郎さん(28)は「帰ってきたらいろいろ話をして北朝鮮のことを忘れさせ、早くお母さんと呼んであげたい」と話した。



■言行不一致な政府に批判

 国民大集会は今年で七回目を迎えた。家族らは八回目を開かないで済むことを望んでいるに違いない。

 「誠意ある回答を強く求め、こうした対応がない場合には、厳しい対応を取らざるを得ない」。横田めぐみさんの偽遺骨問題を含め、北朝鮮側が示した安否不明の被害者十人に関する調査結果の説明に、細田博之官房長官が強い不快感を示したのは、昨年十二月二十四日のことだった。

 経済制裁をもにおわせる政府の公式見解。これに対し、北朝鮮側はめぐみさんの「遺骨」鑑定を捏造(ねつぞう)と主張。逆に「遺骨を現状のまま戻し、事態の真相究明と鑑定した責任者の処罰」を求めてきたのだから、正気の沙汰(さた)ではない。

 「膠着(こうちゃく)状態といわれ、一日一日が過ぎていく。こうしている間にも、あの子は政府の助けを待っています」。めぐみさんの母、早紀江さん(69)はそう訴える。

 郵政民営化法案や、中国、韓国の反日行動など内外で難題を抱える政府に、拉致問題で北朝鮮側と交渉している様子はない。

 「北朝鮮には『対話』と『圧力』で対応する」との姿勢を崩さない小泉首相だが、「圧力」どころか、「対話」もできない。被害者家族が制裁の実施を求めるのは当然だ。官房長官の発言から四カ月も経過し、「政府は言行不一致」と批判されても仕方ない。(中村将)
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by unkotamezou | 2005-04-25 05:00 | 國防 軍事
高松塚古墳 解体 文化庁検討
壁画、樹脂で漆喰固定 高松塚古墳 解体 文化庁検討

石壁は人力で搬出

 高松塚古墳(奈良県明日香村、国特別史跡)の国宝壁画を保存するため、石室解体の方針を打ち出した文化庁の「国宝高松塚古墳壁画恒久保存対策検討会」の作業部会が二十三日までに、解体の際に絵の下地の漆喰(しっくい)が崩落しないように樹脂で固定する方法を有力な案として検討していることが分かった。石室の解体は滑車を使って人力で行うことも含めて、壁画を守るための最良の方策の検討が続けられている。

 解体案で最も大きな課題となっているのが、石材を移動させる際の振動による壁画の崩落。樹脂による漆喰の固定は、壁画発見後の修復作業ですでに行われて効果は実証済み。ノウハウがあり、確実性が高いことから選ばれたとみられる。

 しかし、昭和五十一年から行われたこの修復作業は、極めてもろい部分に限定。飛鳥美人や男子群像など大半の壁画は、漆喰面に無数のひび割れがあり、薄いかさぶた状になっている。現在でも少しの振動で、「クッキーのかけらが落ちるようにポロポロ崩れる」(関係者)可能性が高い。

 このため、現状で石室を解体すれば、壁画の描かれた漆喰が崩れることは確実で、研究者の間から不安の声が上がっている。

 当時、高松塚壁画を樹脂で修復した増田勝彦・昭和女子大教授(文化財保存修復)によると、漆喰を全面的に石壁に固定させることは技術的に可能で、噴射の力を弱めたスプレーで樹脂を吹きつける方法もあるという。

 一方、石室の解体をめぐっては、作業の際の衝撃をやわらげるため、一枚の重さが一-二トンある石壁を、滑車を使って人力で持ち上げる方法が検討されている。

 高松塚と同じように漆喰に極彩色壁画が描かれ、昨年夏からはぎ取り保存が始まったキトラ古墳(同村阿部山)の場合、漆喰自体は比較的丈夫な状態で、全体が石室から浮いていた。このため壁画の描かれた漆喰の表面に化学繊維(レーヨン紙)を何重にも張って浮いた部分を固定、上からプラスチック板を添えて、針などで慎重に取り外す方法が取られた。

 高松塚では漆喰が細かくひび割れているため、こうした固定や補強ではばらばらになるおそれが極めて強い。このため全体に合成樹脂を吹き付けて現状のまま固定する方法が有力視されている。
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by unkotamezou | 2005-04-23 17:55 | 歴史 傳統 文化
将棋アマ強豪・瀬川さん、プロ入りへ嘆願書
連盟“次の一手”は? 将棋アマ強豪・瀬川さん、プロ入りへ嘆願書

門戸開放…年齢制限の壁

 将棋界で今、一番注目を集めているのが、プロ公式戦で七割を超える勝率を誇るアマ強豪の瀬川晶司さん(35)だ。連盟の規定による年齢制限でプロをいったんはあきらめた経緯がある瀬川さんが、プロ入りを求めて日本将棋連盟(中原誠会長)に嘆願書を提出したからだ。「アマからプロになる道があってもいいんじゃないか」。そう問いかける、トップクラスの実力を持った「遅咲きの大器」に、門戸は開放されるのか。連盟側の“一手”はいかに-。(藤田昌俊)

 瀬川さんは中学3年で連盟のプロ棋士養成機関である奨励会入り。同年代の羽生善治四冠(王位・王座・棋王・王将)から2年遅れの入会で、二段時代の郷田真隆九段と対局したことも。結局、三段まで上がったが、連盟の規定で定められた26歳までにプロと認められる四段に昇格できず退会、サラリーマンとして第二の人生をスタートさせた。

 社会人となって一時は将棋から離れたが、思いは断ち難く、再び将棋盤に向かうようになり、アマチュアの大会に参加。アマ名人戦やアマ王将戦に優勝するなど頭角を現した。アマ名人戦優勝者は棋王戦、アマ王将戦優勝・準優勝者はテレビ棋戦の銀河戦に参加できるため、プロ棋士と対局することに。

 いざ対局してみると、アレヨアレヨと白星を重ね、ここまで24戦17勝7敗、勝率は7割8厘。倒した相手はA級棋士の久保利明八段や、大内延介九段らもいる。持ち時間25分での銀河戦での快進撃ではあるが、勝率を見ても通算7割以上は羽生四冠ら数人しかおらず、プロでも“トップクラス”の実力だ。

 しかし、現行制度でプロになるには、奨励会三段リーグの難関を26歳までに勝ち抜いていくしかなく、プロには年間4人しかなれない。

 26歳を超えてからプロより強くなっても、“敗者復活”などの制度がない現状に、瀬川さんは「プロは本来、実力世界。アマからプロになる道があってもいいのでは」と決心。連盟側に制度の再考を迫ったのだ。

 連盟などによると、戦前には、花村元司さんが奨励会を経ずプロ五段になった例はある。しかし戦後になってからは例はなく、対応を迫られた連盟側も理事会が中心となって、“受け”の手を模索している段階。試験対局を経て順位戦C級2組やフリークラスへの編入などの案があがっているという。

 5月26日に開かれる年一度の棋士総会で、プロ棋士全員の投票によって「瀬川問題」に決着がつけられる。



■「道開拓が私の役割」

--嘆願書を提出したいきさつから

 「勤め先でも『そんなに強いのにプロになれないの』といわれます。一度だめと烙印(らくいん)を押されるとだめなのが将棋界ですが、それが正しいのかわからない。一般の意見も聞いて判断してもらいたくて」

--プロと対局してどんな印象ですか

 「昨年、バリバリのA級棋士(久保利明八段)に勝ったのは自信になりました」

--仮の話ですが、三段(四段からがプロ)から勝ち抜いてこいという判断を下されたら

 「三段は無給なのできつい。私が願うのはあくまでもプロ。当初は少ない収入でもいいから、プロとして指したい」

--三段なら辞退?

 「やむを得ません。しかし、三段からでもやるという人が出るかもしれません。アマからプロへの道を切り開くのも私の役割だと思っています」

--プロになれたら何をしたいですか

 「アマとプロが手をとりあい、垣根をこえて普及を図りたい。(奨励会時代に対局したことがない同世代の)羽生(善治四冠)さんとプロとしてやってみたいですね」



■3番勝負で是非判断を
 作家の安部譲二さんの話「人間には早稲(わせ)と晩生(おくて)がおり、瀬川さんのような晩生の青年を見ていると胸が詰まる。しかし、日本将棋連盟にも格式やプライドがあるだろう。そこで提案がある。連盟は瀬川さんに対して三番勝負を用意し、瀬川さんが勝ち越せばそのままプロとして受け入れ、たとえ負け越しても、中原誠会長が実力を判断して、受け入れの是非を判断する。そうすれば、瀬川さんも納得できるだろうし、将棋ファンも喜ぶ。解決の妙手はこれしかない」



■奨励会制度

 日本将棋連盟のプロ棋士養成機関。19歳以下で試験に合格すれば入会できる。連盟の研修会から仮入会を経て正式入会する方法もある。四段以上がプロ棋士となるが、満23歳までに初段、満26歳までに四段にならなければ退会しなければならない規定がある。プロには、順位戦を戦うA級(名人含めて11人)▽B級1組(13人)▽B級2組(23人)▽C級1組(29人)▽C級2組(45人)と、順位戦を指さないフリークラスの棋士31人がいる。

04/20 12:57
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by unkotamezou | 2005-04-20 12:57 | 歴史 傳統 文化
斉藤、堀江さんがタスマニア沖通過
【71歳の挑戦 洋上からの報告】斉藤、堀江さんがタスマニア沖通過

「世界一周」航海 ラストスパート
針路北へ 6月上旬にもゴール

 ヨットによる単独無寄港世界一周を目指して航海中の二人の日本人ヨットマンが十四日、相次いで豪州のタスマニア島を通過し北上を始めた。世界最年長の記録樹立を目指す斉藤実さん(71)=東京都台東区=と、日本人初の単独太平洋横断で知られる堀江謙一さん(66)=兵庫県芦屋市。出港は斉藤さんの方が十五日遅かったが、くしくも同じ日に“最終コーナー”を回った。順調に進めばともに六月上旬にゴールする予定で、二人の大ベテランの熱い走りに注目が集まる。

 先に同島を回航したのは堀江さんの「SUNTORYマーメイド号」。支援団体によると、十四日午前七時二十分(日本時間午前六時二十分)ごろに回航を終え、日本に向け北上を始めた。斉藤さんの「酒呑童子II」は、約十二時間遅れのペースで航行中で、同日午前零時(同十三日午後十一時)ごろ、「タスマニア南端のサウス・イースト岬の沖合六カイリ(約十一キロ)を通過した」と支援者に連絡。十四日朝には、ボートで駆けつけた豪州のヨット仲間の祝福を受けた。

 この日のタスマニア島沖は、風速十メートル以上の風と雨に見舞われ、波高は三メートル近かったが、二人とも元気そうな笑顔を見せたという。

 堀江さんは昨年十月一日に兵庫県西宮市の新西宮ヨットハーバーを出港しており、百九十六日目。一方の斉藤さんは、昨年十月十六日に神奈川県三浦市の油壼を出港しており、百八十一日目だ。

 斉藤さんは出航前、堀江さんを意識して「レースの走りを見せたい。遅れて出発するが、抜くつもり」とヨットレースの先輩として自信をのぞかせていた。二月下旬には、堀江さんより南寄りの近道コースをとって一時先行したが、メーンセールの破損など装備の故障が相次ぎ再び後れをとった。

 一方の堀江さんは、サントリーなど大手企業の協賛や支援を受け、新造艇で今回の航海に臨んでいる。支援者によると、これまでのところ艇も体調も問題なく、本人は「タスマニアまで航海を楽しめた。西宮までのコースを大切に楽しんで航海したい」と話しているという。

 斉藤さんは、五十歳を過ぎてからのヨットマン。平成二年、四年に一度の単独世界一周ヨットレース「アラウンド・アローン」に五十六歳で初参加し完走した。以来、三度連続で参加し、十一年には六十五歳の最年長完走記録を更新している。三度のレースを含め、すでに地球を六周したヨットで、七回目の世界一周に挑戦している。
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by unkotamezou | 2005-04-15 08:30 | 冒險 競技 藝能 娯楽