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カテゴリ:歴史 傳統 文化( 166 )
寛永通宝 地域通貨で使用へ 香川観音寺市

 江戸時代の通貨寛永通宝の巨大砂絵があり、「銭形」の町として知られる香川県観音寺市で、4月から寛永通宝を地域通貨として使えるようになる。同市の町おこし集団「ドピカーン観音寺実行委」が考えた。白川晴司市長は「支払いの度に、時代劇の雰囲気が味わえそう。観光の魅力が高まる」と期待を込める。

 同市には、砂を盛り上げて「寛永通宝」をかたどった巨大な銭形砂絵(東西122米、南北90米)がある。江戸初期に丸亀藩主が巡視した際、住民らが歓迎のために造り上げたとされ、観光名所になっている。実行委によると、寛永通宝は寛永13年~慶應3年に作られた銅鉄製の硬貨で、法的には昭和28年まで通用したという。

 現在の価値はその文様や状態によってさまざまで、国内外の貨幣を展示している同市の「世界のコイン館」では1枚100円で売られている。実行委の藤田圭造さん(53)は「300億~400億枚作られ、地方の古い民家などを中心に相当数眠っているという説も。1000枚くらいあると相談されたこともある。流通させて地域の観光や商業を活性化させたい」と話す。

 地域通貨として使うことに法的問題はないといい、実行委は市などの協力を得て4月4日から市内の商店などで1枚30円で使えるように、使用可能な店を募っている。協力商店は客から受け取った寛永通宝を実行委に持ち込めば、1枚30円で換金できるという。

 日本貨幣協会の野崎茂雄理事(67)によると、寛永通宝は作られた時期などによって、500~600種類に分類され、大阪難波で享保年代に作られたものなどは希少性があり1枚100万円にもなる。しかし、多くは買い取り価格が1枚5~10円程度、売値も50~100円ぐらいという。野崎理事は「幕末ごろの寛永通宝は今のお金で20円前後の価値と言われ、30円は妥当な額ではないか」と話している。

平成22年2月22日11時23分

寛永通宝 地域通貨で使用へ 香川観音寺市
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by unkotamezou | 2010-02-22 11:23 | 歴史 傳統 文化
外交官ら大笑い、国連で字幕付落語の初公演

 日本の笑いの文化をアピールしようと、落語家の桂小春団治さん(52)が19日夜(日本時間20日朝)、米・ニューヨークの国連本部で落語会を開いた。

 英、仏、支、スペインの4か国語の字幕をスクリーンに映しながら「お玉牛」と「皿屋敷」を熱演。国連大使や職員ら約200人をわかせた。

 平成12年から12か国で公演し“国際派”として知られる小春団治さんは「各国代表が集まる場で、人は笑っている時は平和になれると訴えたい」と考え、10年の節目の会場に同本部を選んだ。過去に落語会が開かれた例はなく、2年かけて交渉し、許可を得た。

 高座を設営した会議室に着物姿の小春団治さんが登場すると大きな拍手が。まくらで「大阪とニューヨークはそっくり。赤信号でもスキがあったら渡るところが――」と切り出すと、一気に空気が和らいだ。

 牛が尾を振る様子や、幽霊が皿の枚数を数える動作を普段より大きな身ぶりで演じ、字幕とずれないよう注意を払いながら、いつもの名調子を聞かせ、笑い声が響いた。落語を聞いたのは初めてというハンガリーの外交官オーショーヤ・バーサさん(34)は「一つ一つの動作が細かく表され、興味深かった。素晴らしいパフォーマンス。また聞きたい」と感激していた。

 公演後、小春団治さんは「まじめでお堅い印象をもたれがちな日本人だが、芸を通じて等身大の姿を伝えられた。落語のすごさを改めて感じた」と話した。20日には音楽の殿堂・カーネギーホール内のリサイタルホールで、在米邦人向けの落語会を開く。

平成22年2月20日(土)16:13

外交官ら大笑い、国連で字幕付落語の初公演
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by unkotamezou | 2010-02-20 16:13 | 歴史 傳統 文化
天皇の鎧発見 長岡宮跡 推古桓武時代

 京都府向日市の長岡宮(784~794年)跡で、「東宮」の中枢部にある内裏(だいり)(天皇の住居)の遺構から、天皇が所有したとみられる鉄鎧の部品が見つかり、向日市埋蔵文化財センターが18日、発表した。

 「小札(こざね)」と呼ばれる鉄鎧の短冊状の板の一部で約30点。製造時期は、推古天皇の時代(6世紀末)から桓武天皇の時代(8世紀末)までの約200年間にわたっていた。

 これまで文献では、甲冑が内裏の一部に所蔵されていたとの記述が確認されているが、実際に内裏跡から出土したのは初めて。少なくとも長岡京時代から内裏の一部を「武器庫」として使っていたことが実証されるとともに、天皇が代々、皇位継承のために引き継ぐ御物(ぎょぶつ)の1つに、甲冑があったことが明らかになった。

 小札は、平安遷都に伴って東宮を解体した際に、建物の周囲を飾っていた石を抜き取った穴の跡から出土。解体時の祭礼で使用されたものとみられ、同センターの梅本康広主任は「鎧につく邪悪なものを封じこめて次の場所へきれいな状態でいくという祭司があったのではないか」と指摘している。

 組みひもが残っていたものもあり、東大寺の正倉院(奈良市)の所蔵物と同じ最上級の鎧に使われたものとみられる。また、秋田城跡(秋田市)や鹿の子遺跡(茨城県石岡市)などの出土品と似ているものもあり、地方からの貢ぎ物もあったことが推測される。

 出土した小札は19日~4月25日まで、向日市文化資料館で展示される。

古代政治史に詳しい吉川真司・京都大学大学院文学研究科教授(日本古代史)の話

「飛鳥時代から約200年間の王権で武具が受け継がれていたことが推測される。天皇が刀剣類を受け継いでいたとは推定されていたが、鎧もという話はこれまで考えられていなかったので画期的な発見だ。鎧は弓や刀などに比べ非常に高価なもので特別視され、近衛兵が儀礼の際に着用した可能性がある。儀礼用の武具は様々な保管場所へ移動させられていたと考えられており、遺跡から発見されたことは非常に貴重だ」

平成22年2月18日23時22分

「天皇の鎧」発見 長岡宮跡 推古~桓武時代 200年継承
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by unkotamezou | 2010-02-18 23:22 | 歴史 傳統 文化
京都の仁和寺の御室桜 増殖に成功

 住友林業は十日、京都市右京区の世界遺産仁和寺(にんなじ)境内にある国の名勝「御室桜(おむろざくら)」を、独自のクローン技術で増やすことに成功したと発表した。

 御室桜(御室有明)は、人の背丈ほどの高さの遅咲き八重桜。現在ある約二百本は樹齢が三百五十年を超えている。若枝を株分けする方法では突然変異で花びらが一重になりやすく、接ぎ木など従来の方法では増やすことが難しいという。同社は御室桜を後世に残すため、千葉大園芸学部の協力を受け平成十九年から取り組みを始めた。

 新しい方法は、やがて芽になる「茎頂」という部分を冬芽から顕微鏡下で摘出。特殊な培養液で大量に発芽させ、培養土で幼苗まで育てる。完全なコピー(クローン)のため突然変異の心配がない。無菌環境で作業することで病虫害も防げるという。同社の筑波研究所で苗を育成中で、八重の形質を受け継いでいることを確認したうえ、現存のものが枯れた場合などの補充として植えていく。

 同社は平成十六年、豊臣秀吉が盛大な花見を催したことで知られる醍醐寺(京都市伏見区)のしだれ桜「土牛(とぎゅう)の桜」のクローン作成にも同様の手法で成功している。【元村有希子】

平成二十二年二月十日 午前十一時五分

御室桜 クローン技術での増殖に成功 京都の仁和寺の桜
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by unkotamezou | 2010-02-10 11:05 | 歴史 傳統 文化
秋田で伝統の奇祭 掛魚祭り

 立春の四日秋田県仁賀保市金浦で水揚げした生の鱈を棒にぶら下げて市内を練り歩く伝統の奇祭「掛魚(かけよ)祭り」が開かれた。

 真冬に日本海で水揚げされる鱈は味が良いが海が荒れる為漁は命懸け。海上安全と豊漁を祈願して三百年以上前に始まった。

 鱈は重さが十五瓩にもなる大物も。金浦漁港から漁師や小学生らが二人一組で担ぎ約二粁先の神社に奉納した。苦行の末に願いはかなうか。

平成二十二年二月四日 午後三時二十四分

秋田で伝統の奇祭 掛魚祭り
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by unkotamezou | 2010-02-04 15:24 | 歴史 傳統 文化
石垣島で二万年前の人骨発見

 沖縄県石垣市石垣島の洞穴から旧石器時代の約二万年前の人骨が見つかったと同県が四日発表した。二十代から三十代前半の男性頭骨の破片で年代を直接測定出来た人骨では国内最古。測定データの解釈によっては約二万四千年前の可能性もある。日本人の起源を探る上で重要な手掛かりになると期待される。

 琉球大や東京大愛知教育大京都大などとの共同研究。論文が日本人類学会の英文誌に掲載される。

 発見場所は建設中の新石垣空港の敷地内にある白保竿根田原洞穴。動物の骨等と共に人骨片が九点見つかりこのうち六点からコラーゲンを抽出。放射性炭素に基づく年代測定を行った。

 その結果頭骨の頭頂部右側の破片が約二万年前 成人の右足第二指の骨が約一万八千年前 成人男性の右脚骨の破片が約1万五千年前と推定された。

 年代の直接測定でこれまで国内最古だったのは昭和三十年代に静岡県浜北市で見つかった約一万四千年前の浜北人の骨。人骨が出土した地層に含まれる炭化物の年代を測定する間接的な方法では沖縄本島の八重瀬町の港川人が約一万八千年前 那覇市の山下町第一洞人が国内最古の約三万二千年前と推定される。

平成二十二年二月四日 午後一時四分

石垣島で2万年前の人骨発見 直接年代測定で国内最古 日本人の起源解明に期待
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by unkotamezou | 2010-02-04 13:04 | 歴史 傳統 文化
「平城京セレブのデザート」古代の乳製品「蘇」が人気

 平城遷都1300年を迎えた奈良県で奈良時代の味覚を楽しみたい。そんな要望に応え、葛城市の酪農家でつくる農事組合法人「ラッテたかまつ」で古代の乳製品「蘇」が生産されている。また、蘇を使ったキャラメルの新商品もラインアップされた。

 蘇は、古代の貴族がデザートや薬用に食したとされ、文武天皇4(700)年には作られていたことが文献資料で確認されている。平城京跡(奈良市)から出土した木簡などから、全国から献上されていたことも知られている。

 そんな古代の高級品を気軽に味わってもらおうと、ラッテたかまつ代表の高松久仁子さん(63)が、奈良文化財研究所飛鳥資料館などが文献資料から推定した製法で復元した。「ミルクを煮詰めるシンプルな製法ですが、仕上げに苦労しました」と高松さん。

 蘇はチーズにもたとえられるが熟成の工程がなく、発酵食品特有のクセはない。ミルクを凝縮した自然の甘味が広がり、上品な余韻が残る。

 昨年秋から4センチ角(700円)を販売しているが、一口サイズ4個入りも発売予定。蘇が入った最中アイス(1個300円)や今冬の新商品「大和茶の蘇入り生キャラメル」(7粒入り500円)も。大和盆地を見渡せる牧場近くの「山の喫茶店 夢ラッテ」で販売している。問い合わせは、ラッテたかまつ(電話 0745 62 3953) 。

平成22年1月25日15時53分

「平城京セレブのデザート」、古代の乳製品「蘇」が人気
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by unkotamezou | 2010-01-25 15:53 | 歴史 傳統 文化
台湾有情 ここは日本?

 筆者一面コラム「東亜春秋」(十二月九日付)で台湾の若者の日本語レベルの高さを紹介したところ、戦前の日本語教育を受けた世代を中心とする日本語サークルが先週末催した忘年会に招待された。出席者は百三人にのぼったが、全員が日本語だけを話す宴会場では、まるで東京に一時帰国したような錯覚にとらわれた。

 旧暦の台湾では二月十四日が元旦。ひと足早い忘年会の招待主は「友愛グループ(張文芳代表)」。「美しく正しい日本語を台湾に残そう」と平成四年に台北で発足したサークルだ。

 台湾人7人と賛助会員の日本人3人でスタートしたが、今や約160人にのぼる。

 月例会のため自前の教材を作り、昼食を含めて4時間も朗読や文章表現、漢字などの勉強を続けている。

 平均年齢は75歳と高齢だが、今年も入会者が4人と会員数は増える一方。戦前生まれの高齢者人口が先細りの中で、友愛グループの盛況ぶりは日本人としてうれしい限りだ。

 忘年会では綾小路きみまろのライブビデオを上映したが、日本人しか分からないはずの夫婦の微妙な会話や中高年への風刺に爆笑が絶えない。「そうだ、この人たちは日本人として生まれ育ったんだ!」と腑に落ちる思いがした。

 日本語世代が若者の日本語の土台でもある。大学生の日本語コンテストでは、おじいさん、おばあさんとの日本語のやりとりをテーマにしたスピーチもあった。日本語世代の一層の活躍を祈りたい。(山本勲)

平成二十二年年一月二十一日(木)午前八時五分

【外信コラム】台湾有情 ここは日本?
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by unkotamezou | 2010-01-21 08:05 | 歴史 傳統 文化
井伊直弼の墓埋葬状況解明へレーダー探査

 東京世田谷の豪徳寺にある幕末の大老井伊直弼(文化十二年~安政七年)の墓について世田谷区教育委員会は墓を改修するのに伴い地中レーダー探査を今週行うことを決めた。

 桜田門外の変で暗殺された直弼の埋葬状況の解明につながるものと期待される。

 豪徳寺には直弼をはじめ井伊家が代々治めた彦根藩の藩主6人のほか正室側室家臣らを含め三百基以上の墓がある。改修にあたり区教委が先月までに現状を確認するため地下約二米下まで発掘したが直弼を葬った棺おけは見つからずレーダー探査によって棺桶の位置を特定することにした。

 直弼は尊王攘夷派の志士たちを厳しく取り締まる安政の大獄(安政五~六年)を実行し憤激した水戸浪士たちに江戸城桜田門外で暗殺され首を切り落とされた。だが大老という要職が暗殺されたことによる幕府権力の動揺を恐れ幕府当局は直弼の死を約二か月間公表しなかった。そのため死後の直弼の埋葬状況については確定的な情報が少なく水戸浪士が首を持ち去ったとの説も流れている。

 区教委では谷川章雄早稲田大教授(近世考古学)を団長とする井伊家墓所調査団を組織している。

平成二十二年一月五日 午後七時八分

井伊直弼の墓埋葬状況解明へレーダー探査
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by unkotamezou | 2010-01-05 07:08 | 歴史 傳統 文化
ダライラマ 来年善光寺へ 北京聖火辞退謝意

 チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世が来年6月、長野市の善光寺を訪問する。

 昨年4月、中国政府とチベット族の対立を憂慮した善光寺が、北京五輪の聖火リレー出発地点を辞退したことに対し、謝意を伝えるためとみられる。

 30日に善光寺とダライ・ラマ法王日本代表部事務所(東京都)が記者会見を開いて詳細を発表する。

 訪問では、善光寺一山の住職とともに世界平和を祈る法要を営むほか、長野市内で一般向けの講演会も開催する予定だ。関係者によると、昨年11月、東京都内で善光寺の若麻績信昭・寺務総長らがダライ・ラマと面会し、招待を申し出たという。

 善光寺は昨年4月、「同じ仏教徒としてチベットの宗教者に対する弾圧を憂慮している」などとして、北京五輪聖火リレーの出発地点を辞退した。リレーは出発地点を変更して行われたが、大勢のチベット支援者と中国人グループが対立し、逮捕者が出る騒ぎとなった。

平成21年12月28日16時28分

ダライ・ラマ、来年善光寺へ…北京聖火辞退謝意
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by unkotamezou | 2009-12-28 16:28 | 歴史 傳統 文化