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カテゴリ:冒險 競技 藝能 娯楽
2010年 07月 08日
秋田県由利本荘市を拠点に活動するバンド「ブロンズ」が13日、スイスで開催される「モントルージャズフェスティバル」に出演する。 無名のローカルバンドが、世界3大ジャズフェスティバルの舞台に立つ快挙に、日本の音楽関係者は驚きの色を隠さない。メンバーは「時代に流されず独自の音楽を追求してきた成果。これを足がかりに世界制覇を目指す」と意気込む。 ブロンズのメンバーは、由利本荘市在住でギター担当りゅうまさん、ベース担当ぼうやさん、ドラム担当かじわらさんと、横手市在住のサックス担当ちほさんの4人。平成12年にバンドを結成した。 ジャズ、サンバ、ロックなどの音楽に、和太鼓や琴など和の要素を取り入れた独特の作品が多く、「あえて言うなら、ジャンルはブロンズ」とりゅうまさん。東京ではなく、由利本荘市に拠点を置くのは、秋田の自然や風景、そこに生きる人々のことを反映させた曲作りをしたいという思いからだ。 演奏スタイルにも強いこだわりがある。多くのミュージシャンは、迫力ある音を出すためアンプを使うが、ブロンズは個々の楽器の音を際立たせ、音に厚みが出るよう楽器とスピーカーを直接つなぎ、演奏する。その分、繊細な調整が必要だが、ライブイベントで音の調整を主催者側に細かく要求すると、「売れてもいないのに」と煙たがられた。 無名のバンドには、有名ミュージシャンの曲の演奏を求められることが多いが、ブロンズは断り続け、自前の曲にこだわった。しかし、いつしかイベントに呼ばれなくなり、「干されっぱなしだった」とかじわらさん。 4人のうち3人は今も定職がなく、アルバイトをして活動費用を捻出している。由利本荘市にあるスタジオは、土台からくぎ1本1本を打ち込み、自らの手で作り上げた。 「いい音楽はどこでも通用するはずだ」。メンバーは20年11月、海外進出を決意。アメリカや欧州にいる複数の音楽関係者にデモ音源を送った。そのうち、ロサンゼルス在住の音楽コーディネーター水野久美さんが反応した。 「こんなに素晴らしい音楽が売れないわけがない。今まで埋もれていたのが不思議なくらい」。日本人の依頼はすべて断ってきたという水野さんはデモ音源を聞き、衝撃を受け、さっそくモントルーのジャズフェス関係者に紹介。関係者も気に入り、急きょ出演が決まった。 日本事務局のモントルーサウンズ・エンタテイメント(東京都中央区)によると、「一地方のローカルバンドが出演するのは日本ではおそらく初めて。しかし曲も演奏もレベルが高い」と話す。 「手を抜けば人を感動させられない。今まで妥協したことは一度もないからこそ世界に認められた」とメンバーは言い切る。 本番に向け練習を重ねながら、バンドを紹介するフランス語のパンフレット作りをしている。メンバーは「秋にはアメリカで公演する計画を立てている。モントルーを機に世界進出して、歴史に残るバンドになる」とひそかに闘志を燃やす。 平成22年7月8日(木)午後2時28分 秋田からモントルーへ 地元バンドが出演 2010年 06月 28日
24日までシンガポールで開かれた「ロボカップ平成22世界大会」で、大阪のチームが優勝した。 大阪府立高専1年堀川由人さん(15)と、淀川工科高1年坂元智希さん(16)。国内予選を経て、19カ国地域の21チームで競った。 2人は28日、平松邦夫大阪市長に優勝報告。「重量制限で設計に苦労したけど、優勝して報われた」と振り返った。 平成22年6月28日(月)午後10時1分 「サッカー日本代表」が優勝 2010年 06月 24日
ラテアートの技術を競い合う世界大会が23日、英ロンドンで開かれ、日本代表として出場した滋賀県出身のコーヒー入れ職人、村山春奈さん(25)が優勝した。同大会での日本人の優勝は初めて。 ラテアートはエスプレッソコーヒーにミルクを注ぎ、表面にハートや葉などの模様を描く技術。大会には各国からバリスタら計35人が参加し、それぞれ8分間で3種類のコーヒーを入れ、味やデザインを競った。 村山さんはハートが幾層にも重なる絵柄や、枝垂れ柳をイメージしたものなど難易度の高い技に挑み、審査員から高い評価を得た。優勝盾を手にした村山さんは、「日本を代表しているので国柄を出すよう努めた。いろいろな人に支援してもらって、ここまで来られてうれしい」と笑顔で喜びを語った。 平成22年6月24日(木)午前8時3分 ラテアート大会で日本人優勝 ハート模様で世界の頂点に 2010年 03月 25日
マリナーズのイチロー外野手(36)がエンゼルスとのオープン戦でGPSキャッチを見せた。右翼後方への大飛球に背走し、ジャンプしてつかんだ。昭和29年のウィリー・メイズの伝説的なプレー「ザ・キャッチ」にも劣らない好捕に、ワカマツ監督からは「彼はGPS装置を備えている」と驚きの声が上がった。また今季初の補殺も決め、欠場したエンゼルス松井秀喜外野手(35)に守備の手本を示すかのような試合となった。 打球を見ることなくイチローが背走した。2回1死三塁。エ軍7番マシスの打球が、鋭角に上がって一直線に右翼定位置にいたイチローの頭上を襲った。ホームに背番号51を見せながら、右翼フェンスへ走る。最後は後ろ向きのまま、ここしかないというタイミングでジャンプ。差し出したグラブに右手を添えてキャッチした。着地後は、1回転してフェンスに激突したが、素早く起き上がって返球した。外野芝生席にも詰めかけた大観衆が息をのみ、大きな拍手でスーパープレーをたたえた。 正面に上がるライナーは、目を切らすことなく半身で追える打球とは全く違う。捕球体勢を整える時間はなく、左右どちらかに振り向いて捕ることもできない。「真後ろは初めて。どっち向いても間に合わないませんから、もういくしかありませんよね。こういうふうに(首を真上に)見えた時点でいけるとはとても思えませんから」。わずかな時間に落下点をイメージし、首は上空だけを見つめる完全背走で落下地点を想定した。 この日テレビ中継はなく、ラジオで実況したマリナーズ専属の殿堂入りアナウンサー、デーブ・ニーハウスは「イチローの偉大なプレーの1つ」とシアトルのファンに伝えた。ワカマツ監督は、カーナビなどに使われ、人工衛星を利用し自分が地球上のどこにいるのかを正確に割り出す測位システムにたとえ驚嘆。「頭越しの打球を捕るのは初めて見た。彼にはGPSが備わっている」とうなった。22日に実戦で約2年ぶりに外野を守ったエンゼルス松井がベンチにいれば、果たして何と言っただろうか。 昭和29年のワールドシリーズでジャイアンツのメイズが背走して好捕した伝説のプレー「ザ・キャッチ」にも劣らない美技は普段の練習のたまもの。「外野手としてはあの角度でボールを見るのは背中の後ろで捕ることより難しさで言うと、多分高いでしょうね。一番難易度が高い」とイチロー。仲間の打球を追う打撃練習の守備では背走、背面キャッチをしているが、GPSキャッチのチャンスを想定して勘を養うためのもの。実は、この日の練習でも1度背走捕球を決めていた。会見後は、クラブハウスで「軽く」「柔らかく」「よく開く」理想を体現する日本製のグラブに黙々とオイルを塗り次戦に備えていた。 平成22年3月25日 10:24 イチロー超守備「真後ろ」GPSキャッチ 2010年 02月 06日
史上最年少の囲碁棋士が誕生した。平成二十二年度棋士採用試験女流本戦が六日東京都千代田区の日本棋院で開かれ小学五年生の藤沢里菜さん十一歳東京都新宿区が入段を決めた。四月一日付十一歳六カ月)で女流プロ棋士の初段となる。これは二十五世本因坊治勲の十一歳九カ月を抜いて史上最年少。 謝依旻女流本因坊がもつ女流棋士の最年少記録(十四歳四カ月)も大幅に更新した。里菜さんの父は一就(かずなり)八段祖父は故藤沢秀行名誉棋聖。 ◇女流タイトル目指す小五は藤沢名誉棋聖の孫 「うれしい。二敗した時は駄目だと思った」。囲碁棋士として史上最年少での入段を決めた藤沢里菜さんは緊張した面持ちで戦いを振り返った。日本棋院東京都千代田区で六日に開かれた平成二十二年度棋士採用試験女流本戦。九人による総当たり連盟戦の最終日で藤沢さんは勝ち六勝二敗で打ち終えた。全対局が終わって三人が六勝二敗で並んだが序列の差で藤沢さんの入段が決まった。 六歳で囲碁を覚え自宅近くの囲碁道場に通って元アマ本因坊洪マルグンセムさん二十八歳らの指導を受けた。アマチュアの大会で数々の実績を上げ昨年四月プロ棋士となるため日本棋院の院生となった。学校が終われば道場に直行する囲碁三昧の生活。グングンと腕を上げ三回目の挑戦で夢をかなえた。これからは女流選手権目指して頑張りたいと抱負を語る。 身長百五十糎。表情にはあどけなさがいっぱい。祖父の秀行名誉棋聖は重厚な棋風で知られたが「私は厚みより地の型。祖父の碁もあまり並べた事が無い」。ようやく笑みがこぼれた。 平成二十二年二月六日 午後六時二十三分 小学五年生の藤沢里菜さんが棋士試験合格 史上最年少で 2007年 09月 29日
第62回国民体育大会「秋田わか杉国体」(秋田国体)開会式が29日、秋田市の県立中央公園県営陸上競技場で行われ、11日間にわたる熱戦の幕を開けた。今大会では38競技(公開競技を含む)に本県の1023人をはじめ、47都道府県の2万4635人の選手らが参加。県内の各会場で頂点を目指して真剣勝負を繰り広げる。本県の天皇杯順位の過去最高成績は昭和36年の2位。今大会で悲願の天皇杯獲得を狙う。 天皇、皇后両陛下をお迎えして行われた開会式は、本県の歴史や民俗芸能などをモチーフにした午後1時すぎからの式典前演技で盛り上がった。同2時前、ファンファーレを合図に47都道府県の選手団が北海道を先頭に北から順に入場。本県選手団(団長・蒔苗昭三郎県体協会長)は、ラグビー成年の目黒健太選手(秋田市役所)を旗手に最後に登場し、観客席からは大きな拍手が沸き起こった。 大会会長の森喜朗日本体育協会会長、渡海紀三朗文部科学大臣などのあいさつに続き、天皇陛下がお言葉を述べた。この後、炬火(きょか)が会場に入り、バスケットボール少年男子の渡部敬祐選手(能代工高)と陸上成年女子の茂木智子選手(秋田ゼロックス)の2人が炬火台に点火。最後に参加選手を代表して、レスリング成年の横山秀和選手(秋田商高教)とカヌー少年女子の小野祐佳選手(本荘高)が力強く宣誓した。 19/09/29 15:12 秋田魁新報 「秋田わか杉国体」が開幕 全国から精鋭集結 2007年 08月 18日
英水泳チームなど北京を回避 来年8月に開催される北京オリンピックの英国代表水泳チームが大会直前の合宿地に、大阪市港区の大阪プールを選んだ。理由は北京周辺の大気汚染。環境問題のほか、食の安全性など中国への不信感から欧州の代表選手を中心に“北京回避”の傾向が強くなりつつあるという。大阪市はかつて五輪誘致を狙った際に候補になった施設があり、北京とは時差もわずか。直前合宿の条件にはピッタリという皮肉な理由もある。 英国代表水泳チームは、今月21日から千葉で開催される世界競泳に向け、10日から同市港区内の大阪プールで合宿。実は今回の合宿は来年8月の北京五輪に向けたシミュレーションという位置づけもあるという。 「南アフリカやイタリアの代表も五輪の直前合宿地として大阪プールに関心があったと聞いている。われわれが一番先に申し入れることができたのが幸運だった。設備は申し分がないし、ホテルにも近い」。大阪プールで選手たちの練習を見守っていた英国代表コーチのフレッド・バヌーさんはこう話し、満足そうな表情をみせた。 大阪プールは、五輪招致で北京に惨敗した「大阪五輪」の会場候補だっただけに、設備が充実しているのも魅力だ。 北京にこれまでに3回訪れたことがあるというチームドクターのイアン・ゴードンさんも「北京では豪華な施設の建設が進んでいるが、選手の体調を考えると大気汚染は問題です。その点、大阪は食べ物や飲み物もおいしく、親切な人も多い」と話す。 大気汚染が著しい北京での五輪開催について、これまでに選手側から懸念の声が相次いでいる。国際オリンピック委員会(IOC)も、「大気汚染が極度にひどければ、一部競技の実施を再検討することもありうる」と指摘するほどだ。 北京での合宿回避の動きは、海外だけでなく日本代表チームの間でも広がっている。 ソフトボールの日本代表チームは当初、北京で直前合宿を予定していたが、大気汚染などを心配して取りやめた。開幕直前まで国内で調整した後、北京入りする予定。水泳の代表選手も直前合宿を韓国の済州島で行うことを決めている。 IOCによると、イギリスのほか欧州の2カ国が、日本での合宿地探しへの協力を要請。ソフトボールは、欧州の出場国も日本で直前合宿を開くという。 日本の千葉(現山本)すず選手なども指導したという水泳のイギリスのリードコーチ、ブド・マカリスターさんは「飛行機に乗れば大阪から北京にはすぐに着ける。同じアジアで気候が似ていて、大気汚染も時差もほとんどない大阪は、五輪の直前合宿地としては最適。来年もぜひここで合宿させていただきたい」と話している。 (19/08/18 18:24) 食、環境…「安全」 大阪は五輪合宿「最適」 2007年 08月 08日
日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長と日本選手団長を務める福田富昭選手強化本部長は8日、北京で記者会見し、本番への懸念として深刻な大気汚染や飲料水の安全性、日本向け入場券の不足を挙げた。 福田本部長は、JOCの情報分析担当者が大気の調査のために北京入りすることを明らかにし「空気が悪いことが分かった。(選手は)日本で調整した方がいいのか早く入って慣れた方がいいのか対策を考えたい」と述べた。 竹田会長は食の安全について「なるべく選手村で食事をとることが必要」と指摘。福田本部長は「あまり問題なら水を全部(日本から)持ち込まないといけない」と話した。JOCの要望枚数を大幅に下回っている日本向け入場券の問題は、9日に組織委と事務レベルの折衝を行う。 JOCは、要望した入場券は14万枚で組織委の現段階の回答は2万7000枚だったと数字を修正した。 19年8月8日21時04分 スポーツ報知 大気汚染や水など懸念…北京五輪でJOC幹部 2007年 08月 08日
日本製のクラシックカーだけを集めた自動車展示会「モーターリングJスタイル」がこのほど、米サンフランシスコ近郊バレーホで開催された。主催者によると「日本の名車を専門にした大規模なモーターショーは全米で初めて」だ。 日本車は長年「信頼性は高いが面白みに欠ける」との印象が強く、クラシックカー収集家から無視された存在だった。ところが、時代を先取りした革新的技術や年月を経ても衰えない走行性能が評価され、和製クラシックカーを買い求める愛好家が着実に増えている。 ショーでは、収集家が出品したホンダS600やダットサン・ロードスター、マツダRX7など1958年以降の懐かしの名車がずらり。ポルシェやフェラーリーといった欧州車に比べると割安なことも和製クラシックカーの人気の秘密だが、高額で取引される日本車もある。 トヨタが60年代、威信を懸けて手作りで生産したスポーツカー、2000GTもその1つ。通算生産台数は300台程度と希少で、競売に出せば30万ドル(約3600万円)の値が付くという。 ショーの主催者の父親で、自動車販売店を経営するマーチン・スウィグ氏は「69年から日本車の販売代理店業務を始めた。日本車を購入した人は長持ちして、信頼性が高いことに驚き、米国車には見向きもしなくなったものだ。そうした時代の日本車を見ると本当に懐かしい」と振り返った。(米カリフォルニア州バレーホ時事)。 19年8月8日16時22分 時事通信 和製クラシックカーがずらり=注目高まり、展示会を初開催-米 2007年 06月 14日
世界最高峰の音楽コンクールの一つ、チャイコフスキー国際コンクールが13日、モスクワ音楽院大ホールで開幕した。 音楽部門に先立って行われた弦楽器製作コンクールのバイオリン部門で、イタリアでバイオリン工房を開く菊田浩さん(45)=名古屋市出身=が優勝、高橋明さん(36)=大阪府枚方市出身=が2位となった。 音楽部門は30日までの日程でピアノ、バイオリン、チェロ、男女声楽の4部門で行われる。 19年6月14日13時9分 読売新聞 弦楽器製作で日本人1、2位…チャイコフスキーコンクール < 前のページ次のページ >
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