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カテゴリ:皇室( 177 )
天皇陛下のお誕生日に際してのご感想とこの一年のご動静
天皇陛下のご感想

一 しばらくの間は、日程を軽くするやうにとの医師の勧めに沿つて、今回は、記者会見を取りやめることになりました。私の健康について人々が心配してくれてゐることに感謝します。最近は、体調もひところに比べて、良くなつてきてゐるやうに感じてゐます。


二 今年は、日本に上陸した台風は一つもなく、天候に恵まれ、農作物もおほむね良い収穫が得られたことは喜ばしいことでした。それでも、全国各地で局地的な大雨が発生し、また、六月には岩手宮城内陸地震が、七月には岩手県北部を震源とする地震が発生しました。これらの災害で、死者や住宅の損壊などの被害が生じたことは痛ましいことでした。岩手宮城内陸地震の被災者が、冬を迎へて仮設住宅住まひを余儀なくされてゐることを案じてゐます。

 また、河川や下水道の急激な増水によつて多くの人命が失はれたことも、痛ましいことでした。


三 今年は、北京でオリンピック競技大会とパラリンピック競技大会が開催されましたが、それぞれの大会での日本選手の活躍振りは、心に残つてをります。
 また、南部陽一郎博士、小林誠博士、益川敏英博士の三名の方がノーベル物理学賞を、下村脩博士がノーベル化学賞を受賞したことも、喜ばしいことでした。
 どちらも、多くの人々に明るい気持ちと励ましを与へたことと思ひます。
 四年前に新潟県中越地震の被災地を訪れた際には、ヘリコプターで上空から視察することしかできなかつた旧山古志村を九月に訪れましたが、復興が進み、闘牛や錦鯉の養殖などが再開されてゐることを心強く思ひました。


四 昨今、私や家族の健康のことで、国民に心配をかけてゐることを心苦しく思ひます。私も、健康に問題がないとは言へませんが、医師の注意を守り、これからも国と国民のため、また、より良き皇室の姿を求めて務めていきたいと考へてゐます。皇太子妃が病気の今、家族が皆で、支へていくのは当然のことです。私も、皇后も、将来重い立場に立つ皇太子、皇太子妃の健康を願ひつつ、二人の力になつていきたいと願つてゐます。


五 世界的な金融危機に端を発して、現在多くの国々が深刻な経済危機に直面してをり、我が国においても、経済の悪化に伴ひ多くの国民が困難な状況に置かれてゐることを案じてゐます。働きたい人々が働く機会を持ち得ないといふ事態に心が痛みます。
 これまで様々な苦難を克服してきた国民の英知を結集し、また、互ひに絆を大切にして助け合ふことにより、皆で、この度の困難を乗り越えることを切に願つてゐます。



この一年のご動静

 陛下はこの一年も国事行為としてほぼ毎週二回のご執務を行はれ、内閣よりの上奏書類等千七十四件にご署名やご押印をされました。宮殿では、その外、親任式(内閣総理大臣、最高裁判所長官の二名)、認証官任命式(国務大臣始め百三十六名)、信任状捧呈式(三十七名)、勲章親授式(大綬章、文化勲章)及び勲章受章者の拝謁等多くの儀式や行事に臨まれました。また、各省事務次官、日銀総裁などのご進講も受けられました。また、皇后陛下とご一緒に各界優績者の拝謁のほか、午餐や茶会など多くの行事に臨まれました。なほ、両陛下のご成婚を記念して発足した日本青年海外派遣事業は今年で五十回を迎へ、今回九月の帰国隊員のご接見が最終回となりました。また、今年は北京にてオリンピック競技大会及びパラリンピック競技大会が行はれたため、それぞれの入賞者をお茶に招かれ、健闘をたたへられました。御所では両陛下で恒例の日本学士院会員、日本芸術院会員、文部科学省研究振興局長及び同伴する研究者、青年海外協力隊及びシニア海外ボランティア帰国隊員、国際交流基金賞受賞者等とお会ひになつたほか、定例の外務省総合外交政策局長によるご進講や各種行事に関するご説明等が合はせて三十回ありました。この外、勤労奉仕団、賢所奉仕団や新嘗祭のための献穀者に対し五十二回のご会釈がありました。

 今年は外国へのご訪問はありませんでしたが、外国からは、五月に中華人民共和国主席閣下及び同令夫人を、十一月にはスペイン国王王妃両陛下を国賓として迎へられ、宮中晩餐を催されました。スペイン国王王妃両陛下を国賓としてお迎へになるに当たり、一日、茨城県筑波市をご案内になり、宇宙航空研究開発機構筑波宇宙センター及び筑波大学等をご訪問になりました。また同日、御所でのご夕餐にお招きになつていらつしやいます。スペイン国王王妃両陛下はご即位前に一回、ご即位後に今回を含め二回、公式に日本を訪問され、その都度両陛下にお会ひになつていらつしやいます。一方、両陛下はご即位前に二回(うち一回はご名代)、ご即位後に一回、公式にスペインをご訪問になつてをり、国王王妃両陛下の歓迎をお受けになりました。その外、公式実務訪問で来日した、クロアチア、ペルー、カザフスタン各国大統領及びトルコ大統領夫妻のため午餐を催され、また、韓国大統領夫妻とご会見になりました。また、五月には第四回アフリカ開発会議開催に際し、同会議に出席した各国首脳夫妻等を宮中茶会にお招きになつてをり、また、この機会に新設され、今回が第一回目となる野口英世アフリカ賞授賞式及びそれに続く記念晩餐会にもご臨席になりました。また、九月には第七回G八下院議長会議開催に際し、同会議に出席した議長等を宮中茶会にお招きになりました。

 都内及び近郊へのお出ましとしては、陛下は国会開会式に臨まれ、また、両陛下にて全国戦没者追悼式を始め、毎年ご臨席になつてゐる日本国際賞、国際生物学賞、日本芸術院賞、日本学士院賞等の授賞式のほか、今年も数多く行はれた各種周年記念式典等へのご臨席があり、そのうち十一回にてお言葉をお述べになりました。今年は五月のこどもの日にちなみ、幼児教育施設の制度として新たに発足した「認定こども園」である「いういうのもり幼保園」をご訪問になつたほか、九月の敬老の日にちなみ、高齢者が仕事に従事してゐる「三鷹市シルバー人材センター」へ、十二月の障害者週間にちなみ、障害者専用のスポーツ施設「東京都障害者総合スポーツセンター」をご訪問になり、困難な環境にあつて、社会活動に努めてゐる人々を励まされました。また、七月には産業施設のご視察として、リサイクル事業を行つてゐる東京都スーパーエコタウンの事業会社をご訪問になり、環境保護に対するご関心を示されました。都内及び近郊へのお出ましは合計四十九回ありました。

 例年ご臨席になつてゐる日本学術会議主催の国際会議としては、第五回世界水産学会議記念式典にてお言葉を述べられるとともに、その後のレセプションにご臨席になりました。

 今年の公的な地方行幸啓は八府県(群馬、神奈川、秋田、新潟、大分、奈良、京都、茨城)にわたりました。全国植樹祭(秋田)、全国豊かな海づくり大会(新潟)、国民体育大会(大分)などの式典にご臨席になり、お言葉をお述べになつたほか、地方の文化、福祉、産業の事情をご視察になりました。今年は日本ブラジル交流年・日本人ブラジル移住百周年に当たることから、その記念式典及びレセプションにご臨席になつたほか、日系ブラジル人が多数在住する群馬県の大泉町と太田市をご訪問になりました。新潟県では平成十六年の中越地震の際、現地をお見舞ひにご訪問された折、道路が分断されたためヘリコプターで上空からしかご覧になれなかつた旧山古志村を訪問され、被災した棚田の復興状況及び錦鯉の養殖や闘牛の練習が再開した様子をご覧になり心強く思はれました。また、奈良、京都への行幸啓では奈良国立博物館にて第六十回正倉院展をご覧になり、京都では源氏物語千年紀記念式典にご臨席になりました。また、その機会に、皇后陛下ご下賜の小石丸の絹糸で正倉院宝物を復元した川島織物セルコンをご訪問になりました。また、奈良では春日大社を、京都では七百年式年に当たる後二條天皇の御陵を御参拝になりました。この一年間に公的に地方行幸啓先でご訪問になつた市町村数は十三市、四町になります。

 今年は那須の御用邸には紅葉の季節の十月下旬にお出ましになりましたが、両陛下で例年どほり農家を訪問され、ご放鳥をなさいました。また、本年環境省に移管された旧那須御用邸用地を、環境省那須自然保護官等とご散策になりブナ林やそこに付けられてゐる熊の爪跡等をご覧になり、これから国立公園として整備され、人々が訪れるのを楽しみにしていらつしやいます。

 宮中祭祀は、三月二十五日に賢所皇霊殿神殿を本殿に奉遷の儀が行はれ、賢所等耐震補強改修工事の間、仮殿で行はれてゐた祭典はもとの宮中三殿に戻されました。陛下は恒例の祭典のほか、花山天皇千年式年祭、孝昭天皇二千四百年式年祭、後二條天皇七百年式年祭などこの一年に執り行はれた三十四回の祭典に列せられました。なほ、本年末の御不例にあたつてしばらくの間、御拝礼をお取りやめになり御代拝になさつてゐます。

 ご研究に関しては、以前からご関心をお持ちになつてゐたキヌバリとチャガラと云ふ二種のハゼ類のご研究をこの度まとめられ、本年十二月三十一日発行予定のオランダ学術雑誌 "GENE" でご発表になります。これは秋篠宮殿下を始め専門研究者との共著で英文論文です。

 なほ、本年六月、皇居におけるタヌキに関する論文を国立科学博物館研究報告A類(動物学)に共著でご発表になりましたが、今後もこの調査を続けていらつしやいます。

 陛下は今年も例年どほり、皇居内生物学研究所の田で種籾のお手まき、お田植ゑをなさり、お手刈りをなさいました。また、粟はお子様方、お孫様方とご一緒に種をまかれ、刈り取られ、新嘗祭の折、お手刈りになつた水稲と共にその一部をお供へになりました。また、神嘗祭に際しては、お手植えになつた根付きの稲を神宮にお供へになりました。

 陛下は一月の定期検診において、前立腺がんの再発に対するご治療としてお続けいただいてゐるホルモン療法の副作用として骨密度の低下傾向が明らかとなり、このため骨粗鬆症に至らぬやう、引き続き早朝にはご散策になり、ご公務のない週末や休日にはテニスなどのご運動に努めていらつしやいます。また、十一月半ば以降、胸部にご変調をお感じになり、不整脈によるものと診断されました。さらに十二月初めには血圧上昇を伴ふやうになり、急遽ご休養とご検査のためご日程を数日間お取りやめいただきました。検査の結果、不整脈は「上室性不整脈」であることが分かつたのに加へ、胃や十二指腸にびらんや出血斑が確認され「急性胃粘膜病変」があつたのではないかと診断されました。いづれも心因性、身体的ストレスが原因ではないかとみられてゐます。

 天皇陛下は十二月二十三日、七十五歳のお誕生日をお迎へになります。

 当日は、午前は御所で侍従職職員から祝賀をお受けになつた後、宮殿で皇族方を始めとし、五回にわたり祝賀をお受けになり、また皇族方とお祝酒をともにされます。なほ、この間三回にわたり長和殿ベランダに立たれ国民の参賀におこたへになります。午後は三権の長、閣僚、各界の代表等との宴会に臨まれ、その後、元側近奉仕者等との祝賀、次いで外交団を招かれての祝賀をお受けになります。夕刻には、皇后様、お子様方とのお祝御膳ををとりになります。

天皇陛下のお誕生日に際してのご感想とこの一年のご動静
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by unkotamezou | 2008-12-23 00:00 | 皇室
「天皇陛下通り」動き出す、着工に署名

 サンパウロ市のジルベルト・カサビ市長は二十九日午前、聖市リベルダーデ広場で、同区景観整備計画「カミーニョ・ド・インペラドール」(天皇陛下通り)の着工に正式署名した。来賓を交えて鏡割りがおこなわれ、事業の成功を誓った。

 カサビ市長は「この事業はサンパウロ市にとっても日系社会と移民百周年への最大の敬意であり喜びである」とあいさつ。市の都市景観保存局(CPPU)が計画する「シダーデ・リンパ(きれいな町)」の初の承認事業と紹介した。

 リベルダーデ文化福祉協会(ACAL)の池崎博文会長は、車椅子に座ってあいさつし、「プラッサを六月十八日までに改修し、是非、皇太子さまにお立ち寄り頂きたい。そのときはカサビ市長の列席のもと、イナウグラソンをして欲しい」と要望した。

 また神谷牛太郎聖市市議は、「すずらん灯も改修され、東洋の象徴としてリベルダーデは生まれ変わるだろう」と述べた。

 「天皇陛下通り」計画は、建築家のマルシオ・ルピオン氏が構想し、市のシダーデ・リンパ事業と連動した、総工費五千五百万レアルの大型景観整備事業。第一期工事では、リベルダーデ広場の路上を同心円状の模様のタイルに張り替え、和風建築の警察官派出所を建て、ブラデスコ支店の外観を大阪城風に改装する。六月十八日までに完成させる予定だ。

 第一期工事から十期まであり、各五百五十万レアルかかる。リベルダーデ広場からガルボン・ブエノ街、エスツダンテス街などの東洋街の中心エリアを、十七世紀の日本風(江戸時代)を中心にしながら、場所によっては中国風、韓国風も織り交ぜて景観を整備し、統一感のあるデザインに変える計画。全部の工事を今後一年半ほどで終える予定。

ニッケイ新聞 平成20年4月30日

「東洋街整備」動き出す=カサビ市長、きのう着工署名
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by unkotamezou | 2008-04-30 00:54 | 皇室
ブラジル移住百周年記念式典で天皇陛下がごあいさつ

 日本人のブラジル移住100周年を受け、政府主催の式典が24日、東京都港区のホテルオークラで開かれた。式典には天皇、皇后両陛下や「日本ブラジル交流年」名誉総裁の皇太子さまが出席された。

 式典で天皇陛下は「今日、日系の人々がさまざまな分野で活躍し、ブラジル社会に貢献していることを頼もしく感ずるとともに、これまでに努力を重ねてきた日系の人々の労苦に深く思いを致すのであります」とあいさつされた。

 日本から最初の集団移住船となる「笠戸丸」は、781人を乗せて明治41年4月28日に日本を出発、6月18日にブラジル入りした。集団移住は第2次大戦中に一時途絶えたものの、計約24万人がブラジルに渡った。

 式典には福田康夫首相ら三権の長のほか、日系ブラジル人やブラジル政府関係者ら約400人が出席した。

20.4.24 20:59

天皇陛下がごあいさつ 日ブラジル移住100周年記念式典
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by unkotamezou | 2008-04-24 20:59 | 皇室
ブラジルサンパウロ市に天皇陛下通り

 「お釈迦様が生まれた今日この日は、セントロ再生の記念日ともなった」。サンパウロ市のジルベルト・カサビ市長は十二日に聖市リベルダーデ広場で行われた花祭り法要の中で、同区景観整備計画「カミーニョ・ド・インペラドール」(以下、天皇陛下通り)の着工を、そう宣言した。開始される第一期工事はリベルダーデ広場のみだが、六月十八日までに完成を見込んでおり、リベルダーデ文化福祉協会(ACAL)の池崎博文会長は「ぜひ皇太子殿下に立ち寄って頂き、この町を祝福してほしい」と語った。

 「ようやく着工できました」。市が力を入れて進め、いろいろな話題を呼んでいる「シダーデ・リンパ(きれいな町)」事業の責任者レジナ・モンテイロさんは声を弾ませる。「今回がシダーデ・リンパ初の景観整備事業です。これが成功すれば、次々に広げていけるはず」と意気込む。

 カサビ市長はあいさつの中で「最初の資金提供者となったブラデスコ銀行に心から感謝したい」と語り、同行の松本ミルトン執行役員と固く握手を交わした。

 ニッケイ新聞の取材に対し、松本執行役員は「当行は日系社会とつよい絆がある。このような重要なプロジェクトの一番目に貢献できて嬉しい」とのべた。

 この「天皇陛下通り」計画は、建築家のマルシオ・ルピオン氏によって構想され、市のシダーデ・リンパ事業と連動した、総工費五千五百万レアルという大型景観整備事業。

 リベルダーデ広場からガルボン・ブエノ街、エスツダンテス街、アメリコ・デ・カンボス街、トマス・ゴンザガ街などの東洋街の中心エリアを、十七世紀の日本風(江戸時代)を中心にしながら、場所によっては中国風、韓国風も織り交ぜて景観を整備し、統一感のあるデザインに変える計画。

 第一期工事から十期まであり、各五百五十万レアルかかる。今回の第一期ではリベルダーデ広場の路上を同心円状の模様のタイルに張り替え、和風建築の警察官派出所を建て、ブラデスコ支店の外観を大阪城風に改装する。

 「じゃあ、三時に大阪城の前で待ち合わせね」――などという会話が普通に聞かれる日も近いようだ。

ニッケイ新聞 平成20年4月16日

「天皇陛下通り」計画ついに着工=移民の日までに1期工事完了=550万レアルかけ東洋風景観に=「皇太子殿下のお立ち寄りを」
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by unkotamezou | 2008-04-16 07:45 | 皇室
皇后さま、「胃食道逆流症」との診断

 宮内庁は24日、皇后さまが「胃食道逆流症」との診断を受けられたことを明らかにした。来年以降、天皇、皇后両陛下の宮中祭祀を軽減する方向で調整していた宮内庁では、ご体調を見ながら皇后さまの負担軽減を前倒しすることも検討する。

 同日、記者会見した風岡典之次長と金沢一郎皇室医務主管によると、胃食道逆流症は強い酸性の胃液が食道に逆流し、食道の粘膜を刺激するもの。主な症状には胸やけがある。

 皇后さまはここ2、3年、夜などに胸や背中に鈍痛を訴えられていたほか、慢性の咳があったが、1月の内視鏡検査の結果、胃が食道の方にずれる「食道裂孔ヘルニア」との所見があり、近年の症状と総合して診断された。

 原因には、ストレスのほか、和服の帯による圧迫なども考えられるという。

 宮内庁は先月、両陛下のご体調について公表。天皇陛下の骨密度が低下しており、放置すれば骨粗鬆(そしょう)症となるのが確実であるとして、両陛下のご公務のスケジュールを見直す方針を明らかにした。

 ただし、宮中祭祀のご負担軽減については、「平成が20年を超える来年から」という天皇陛下の意向から、即位20周年を迎える来年以降としていた。

 また先月の段階で皇后さまについては、「胃の所見は、注意を要する状況が続いている」としていた。

20.3.24 15:28

皇后さま、「胃食道逆流症」との診断
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by unkotamezou | 2008-03-24 15:28 | 皇室
天皇皇后両陛下のご健康問題について

 天皇陛下には、前立腺がんの再発に対するご治療として、平成十六年七月よりホルモン療法をお続けいただいておりますが、現在のところマーカーは完全に抑制されています。しかし、定期的な皮下注射というご負担をおかけしており、このたびの定期検査の結果、ホルモン療法の副作用としての骨密度の低下傾向が明らかになりました。このまま放置すれば骨粗鬆症に至ることは明白です。両陛下は、これまでも、早朝のお散歩や、テニス等の御運動をなさっておられますが、このような骨密度の低下に歯止めをかけるために、これらの御運動に加えて、これからは一定の時間を優先的に運動療法のために確保していただく必要があります。

 運動療法の具体的メニューについては現在専門家の意見に基づいて作成中です。

 また、皇后陛下については、先月後半にめまいなどのご症状があり、これらをお身体からの「警告」と考えるべきであるとし、定期検査にて精査を行うと発表したところです。その数日後に発熱されたために検査スケジュールの変更があり、ごく最近一応の精査を終了したところです。その結果、めまいについては特異的な疾患は否定できました。けれども、原因不明のめまい感は現在でも断続的に続いています。平成十七年の愛知万博の頃に生じた頸部のお痛みは克服されましたが、頸椎及び脊椎の変形に伴う胸背部鈍痛が今も不定期におありになり、大腸の疾患は完治しましたが、胃の所見は、一昨年と変わらず、注意を要する状況が続いております。

 従って、先に述べました「警告」はいまだに継続している状態であり、今後とも、こうした「警告」を勘案しつつ、御日程を作成することが肝要と考えます。

平成二十年二月二十五日:皇室医務主管

 ただ今、皇室医務主管から説明のあった両陛下の御健康問題に関して、取りあえず、以下のことを考えています。

一、天皇陛下の御健康については、 金沢医務主管が述べた通り、現在、運動療法の具体的なメニューを作成中ですが、今後規則的に運動療法を実施するべく一定の時間を確保するよう、従来の御日程のパターンを一部見直す必要があると考えています。

 また、皇后陛下の御健康については、金沢医務主管が述べた「お身体からの警告」を受けとめつつ、今後の御日程を作成していきたいと考えています。

二、宮中三殿の工事の完了に伴い、三月末からは、宮中祭祀が宮中三殿で執り行われることになります。昭和の時代にも、次第にお年を召されつつあった昭和天皇の御負担軽減という観点から、累次、所要の調整が行われた経緯がありますので、今般、宮中三殿での祭祀が再開されるのを機会に、御日程の見直しの一環として、いろいろと調整を行なうことを検討しておりますが、やはり平成の御代が二十年を超える来年からという陛下のお気持ちに沿って、その時期を待って調整を実施に移すことと致しました。

宮内庁次長補足説明

天皇皇后両陛下のご健康問題について
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by unkotamezou | 2008-02-25 21:51 | 皇室
悠仁さま、顔におケガ 庭で転倒され数針縫う

 秋篠宮ご夫妻の長男、悠仁さまが先月、転倒して顔にけがをされていたことが11日、分かった。ただ、大事には至らずご回復も順調という。

 宮内庁によると、悠仁さまがけがをしたのは、ご夫妻が「日本インドネシア友好年オープニング式典」出席などのため、訪問先のインドネシアから帰国された翌日の1月26日。東京・元赤坂の赤坂御用地内にある秋篠宮邸の庭で遊んでいた際に転倒し、顔に軽傷を負われた。

 医療関係者の話では、悠仁さまは都内の病院で数針縫うなどの治療を受けられたという。

 傷口も目立たないまでにほぼ完治したことから、11日には秋篠宮ご夫妻と一緒に皇居・御所を訪れ、天皇、皇后両陛下に元気な姿を見せられた。

20/02/11 18:42

悠仁さま、顔におケガ 庭で転倒され数針縫う
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by unkotamezou | 2008-02-11 18:42 | 皇室
歌会始の入選者発表 最年少は佐賀の中二男子

 宮内庁は25日付で、来年1月16日に皇居・宮殿で開かれる新年恒例の「歌会始の儀」の入選者10人を発表した。お題は「火」。今回は海外からの174首、点字38首を含む計2万2321首が選考対象となった。

 最高齢の入選者は山口県下関市、主婦、魚本マスヱさん(86)で、最年少は佐賀県上峰町、久留米大学付設中学2年、田中雅邦君(14)。

 また、天皇陛下に招かれて歌を詠む召人(めしうど)には、歌人で歌誌「コスモス」発行人の宮英子さん(90)=東京都三鷹市=が選ばれた。

 入選歌は天皇陛下、皇族方のお歌とともに披露される。その他の入選者は次の通り(敬称略、年齢順)。

青森県つがる市、   農業、    中村正行 (79)
ブラジル・サンパウロ、無職、    渡辺光  (78)
京都市上京区、    主婦、    浅野達子 (77)
北海道函館市、    無職、    西里喜久男(74)
大分市、       無職、    山崎美智子(67)
愛媛県西条市、    会社員、   岡田まみ (46)
島根県浜田市、    会社員、   吉田友香 (24)
大阪市住之江区、   清風中学3年、宮川寛規 (15)。

19.12.25 08:56

歌会始の入選者発表 最年少は佐賀の中2男子
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by unkotamezou | 2007-12-25 08:56 | 皇室
天皇誕生日奉祝式典

副知事ら祝いの言葉

 天皇誕生日の23日、熊本市のくまもと県民交流館パレアで、奉祝式典が行われ、約330人が参加した。

 国歌斉唱に続き、主催者の主要祝日等県奉祝会の山内新会長が「今上陛下は古希を過ぎても壮健で多忙な公務に精励されている。誠に頼もしく、心からお祝い申し上げる」とあいさつ。来賓の金沢和夫副知事や村上寅美県議会議長らも祝福の言葉を述べた。

 また、山鹿市立菊鹿中2年の坂本佳子さん(14)が奉祝の言葉を発表。今年7月に起きた新潟中越沖地震で、天皇陛下が被災者にひざまずいて声をかけられていたことに感動したことを紹介した。その後、秀峰堂吟剣詩舞会による奉納演舞献詠、木原稔・衆院議員(比例九州、自民)の特別講演が行われた。

19年12月24日 読売新聞

天皇誕生日奉祝式典
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by unkotamezou | 2007-12-24 11:53 | 皇室
天皇陛下七十四歳の誕生日、一般参賀に一万五千六百人

 天皇陛下の74歳の誕生日を祝う一般参賀が23日、皇居で行われ、記帳も含めて約1万5600人が訪れた。

 天皇陛下は午前中3回、皇后さま、皇太子ご夫妻、秋篠宮さまとともに宮殿のベランダに立ち、マイクを通して「寒い中、祝意を表しに来てくれたことを感謝します。来たる年が皆さんにとり明るい幸せな年となるよう期待しています」とあいさつされた。

 静養が続く皇太子妃雅子さまは3回とも参列、左腕などの痛みで安静が必要と診断された秋篠宮妃紀子さまは欠席された。

 午後からは宮殿で祝宴があり、皇族方や福田首相ら約440人が出席、続いて各国の駐日大使らを招いた茶会が開かれた。

 夕方には、愛子さまも皇太子さまに連れられて御所を訪問した。

19年12月23日19時19分 読売新聞

天皇陛下74歳の誕生日、一般参賀に1万5600人
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by unkotamezou | 2007-12-23 19:19 | 皇室