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カテゴリ:皇室( 177 )
女性天皇論は日本解体に他ならず
■【正論】明治大学教授・入江隆則 女性天皇論は日本解体に他ならず

皇統の権威守る意味に思い致せ

《第一章に置くべき「天皇」》

 今日、日本の皇室をめぐって二つの危険がある、と私は考えている。その第一は、現憲法で第一章に置かれている天皇が、やがて制定されるはずの新憲法では、第二章に格下げされる危険である。

 読売新聞社が十年前に公表した、いわゆる新憲法の読売試案では、国民主権が第一章に登場し、天皇は哀れにも第二章に格下げされていた。昨年手が加えられた改正試案でも、この点は全く変わっていない。昨年の十一月に発表された自民党の憲法改正草案大綱でも、前文の次に第一章・総則という文章が来て、それに続く第二章に象徴天皇制が置かれている。

 また、中曽根元首相が会長を務める世界平和研究所が、今年の一月に発表した憲法改正試案では、前文に続く第一条で天皇を元首とすると書かれてはいるものの、読売試案と同様に第一章としては国民主権についての長い文章が来て、天皇についての詳細な記述は、やっとその後の第二章第六条から始まるに過ぎない。

 つまり天皇に関する記述が、第一条と第六条以下に分裂しているわけで、なぜこんな小細工をするのだろうか。

 国民主権という概念は、民主主義の根幹をなすものだから、誰も反対しないと思われるかもしれないが、近代の歴史を見ればフランス革命以来、国民主権が暴走した例は何度もある。また国民主権の名の下に圧政が行われたことも、世界各地でこれまた何度もあった。したがって国民主権はしばしば間違いを犯すものだというのが常識であって、あまり絶対視してはならない。

《感情論で判断してならず》

 一方、わが国の天皇は、日本歴史の中では朝廷と幕府という形で、権力に対する権威として位置づけられてきており、明治憲法下においても各省大臣の輔弼ほひつ輔翼ほよくという形で、その考えが生きていた。だからこそ幕末に徳川幕府が権能を失ったり、敗戦時に内閣が機能を喪失したりしたときにも、それに代わって天皇が機能したからこそ、国家は滅亡を免れたのである。

 将来もそういうことは起こり得るはずである。その場合、権威としての天皇が、名ばかりではなく真の権威として存在してこそ、国民主権を安定させ、これを制御かつ補完する機能が果たせる。そのためには、新憲法で天皇を国民主権の上位にあるものとして、第一章に位置づける必要がある。

 第二の危険はいうまでもなく、最近巷間こうかんかまびすしい女性天皇の問題である。聞くところでは、世論調査では八割近くが女性天皇に賛成という結果が出ているという。しかし、これは国民主権と同様に、世論もまた間違うものだという好例である。女性天皇容認論の背景には、現皇太子妃殿下や内親王殿下のお立場への、同情があると考えられる。しかし皇統とは、そういう感情論で判断するものではない。

 一つの王朝にとって何よりも恐るべきものは、在位している君主の正統性が疑われる事態である。フランス革命以来の近代ヨーロッパの王朝滅亡の歴史を見れば、君主の正統性への一片の疑念、わずかひとかけらの軽蔑けいべつから、一見華やかで堅固に見えた王朝が、もろくも崩壊しているのが分かる。

《正統性疑われる事の危険》

 かりに現内親王殿下が、過去に何度か例があったように緊急避難的に女性天皇として、次々世代の皇位を継がれ、民間人と結婚されてお子さまが生まれ、その方が次の皇位を継承されるような事態になれば、史上初めての女系天皇の誕生となる。

 これは残念ながら、男系で一貫してきた万世一系の皇統の中での、正統性が疑われて十分なケースとなる。この場合に問題なのは、男女同権の世の中で不合理だというような、口当たりの良い理屈にあるのではなくて、千数百年続いてきた皇統が、どんな理由にせよ切断されたという、疑い得ない事実そのものの中にある。これはやがて日本解体への道ではないだろうか。

 権威としての天皇が、権力としての幕府と共存するという権・権分離の伝統は、古代の律令で神祇官が太政官より上位にあるとされて以来のもので、戦後のマッカーサー憲法においてさえ、滅亡せずに継承されてきた。

 われわれが直面しているのは、この奇跡のような正統が切断される危険である。昭和二十二年に皇籍離脱された旧皇族の復活によって、それを防ぐ方策が今ならまだあるのだとすれば、次世代に難題を残すよりも、この際それを選ぶべきときだと言っておきたいと思う。

(いりえ たかのり)

http://www.sankei.co.jp/news/050221/morning/seiron.htm
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by unkotamezou | 2005-02-21 06:00 | 皇室
皇室典範有識者会議
皇室典範有識者会議 歴史的背景など検証
自民「男子優先・女子容認」が大勢

 皇位継承のあり方を議論する小泉純一郎首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」(座長・吉川弘之元東大総長)は十八日、第二回会合を開き、現皇室典範制定の歴史的背景などを検証した。しかし、メンバーに専門家が少ないこともあって、会議は「ただの勉強会」(出席者)の域を出ておらず、次回も古代からの皇室の歴史についての勉強会となる。憲法が国民統合の象徴と定める「天皇」にかかわる国民的関心事だけに、拙速は避けるべきだが、会議は議論の入り口で足踏みしている状態だ。

《厳しい日程に》

 一月の初会合では、皇位継承の仕組みや天皇の国事行為などについて事務方が説明。会合後に記者会見した吉川座長は「いずれ皇位継承の制度について提案するが、その際はなぜその制度が良いか国民が納得する形で示す」と展望を述べた。

 ただ、十八日の会合でも、メンバーからは「万世一系とは何を意味するのか分かりにくい」といった感想が出た程度で、意見を戦わせる場面はなかった。現在の月一回ペースの会合で、政府が目指す今秋の報告書提出や来年の通常国会での皇室典範改正案提出は「初めから無理がある」(自民党議員)のが実情だ。

 会議では「皇室法概論」の著書があり、皇室に関する重要事項を決める皇室会議メンバーだった元最高裁判事の園部逸夫座長代理や内閣官房副長官を八年七カ月務めた古川貞二郎氏が議論をリードするとみられる。

 園部座長代理は平成十六年五月の参院憲法調査会で女性天皇容認論を展開。古川氏は橋本内閣時代、橋本龍太郎首相(当時)の指示で非公式に女性天皇について検討している。各種世論調査で国民の約八割が女性天皇を容認していることもあり、会議は女性天皇を認める方向で進みそうだ。

《GHQの意向?》

 同会議が設置され、皇位継承のあり方を議論することになったのは、皇室典範が「皇位は男系の男子が継承する」と定めるのに対し、昭和四十年の秋篠宮さま以降、皇室には男子が誕生していない事情がある。

 皇室典範は天皇と皇族の養子禁止や女性皇族の結婚による皇籍離脱も定めており、このまま放置すれば将来、皇位継承者がいなくなるという「第一章に『天皇』を定めた現憲法の想定外の事態」(与党議員)が起きかねないためだ。

 そもそも現皇室典範自体、連合国軍総司令部(GHQ)の指示・意向に沿って制定された経緯がある。小堀桂一郎東大名誉教授は、GHQが事実上、旧十一宮家を皇籍離脱させたことと合わせて、「(GHQは占領成功のため)天皇の位は存続させておく一方で、日本が将来再び連合国の脅威とならないよう皇室を弱体化しておくという方針だった」と指摘する。

《憲法起草に影響》

 今月十五日から憲法改正案の天皇関連条項の検討を始めた自民党の新憲法起草委員会の「天皇」小委員会(委員長・宮沢喜一元首相)は女性天皇の是非について、「有識者会議の結論を尊重」(同小委幹部)とする。

 重要論点であるため、議員の関心は高い。初会合では女性天皇に反対論はなかったが、皇位継承は男子を優先し、そのうえで女子の継承(女性天皇)も認める方法を支持する意見が多かった。「『国民が男女同権だから』といった思い付きの議論ではなく、天皇陛下や皇室のご意向の尊重が必要」との指摘も出た。

 また、「象徴天皇制」を支持する意見が大勢を占めた。象徴天皇制を維持したうえで「元首」と明記することには賛成論が多いものの、慎重論もあって結論は出ていない。同小委は三月十五日に素案をまとめるが、有識者会議の論議にも微妙な影響を与えそうだ。



 《皇室典範に関する有識者会議メンバー(敬称略)》

 吉川弘之  元東大総長(座長)

 園部逸夫  元最高裁判事(座長代理)

 岩男寿美子 武蔵工大教授・慶応大名誉教授

 緒方貞子  国際協力機構理事長

 奥田碩   日本経団連会長

 久保正彰  東大名誉教授

 佐々木毅  東大総長

 笹山晴生  東大名誉教授

 佐藤幸治  近畿大法科大学院長・京大名誉教授

 古川貞二郎 前内閣官房副長官

http://www.sankei.co.jp/news/050219/morning/19pol001.htm
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by unkotamezou | 2005-02-19 13:09 | 皇室
納采の儀は大安の土曜日
納采の儀は大安の土曜日、3月19日に

 宮内庁は1日、今秋以降に結婚する予定の天皇家の長女、紀宮さま(35)と東京都職員、黒田慶樹さん(39)の結納に当たる「納采(のうさい)の儀」が3月19日に行われる、と発表した。

 19日は、大安の土曜日。天皇家の私的行事の納采の儀は、黒田家の使者が清酒やタイ、絹などの納采の品と目録を持って皇居・御所を訪れ、婚約を報告するという。

 皇室では納采の儀が正式の婚約とされる。

 1960年に島津久永さんと結婚した昭和天皇の五女、貴子さんのケースなど先例によると、使者には宮内庁長官が対応し、新郎家には侍従が答礼する。その後、新郎と親が皇居で天皇、皇后両陛下と面会する。

 その後、皇居での「告期(こっき)の儀」で新郎家の使いが長官に結婚式の期日を伝え、結婚式の数日前には、天皇家を離れる娘が両陛下に謝辞を述べる「朝見(ちょうけん)の儀」が行われるのが通例。結婚式は一般の会場で挙げられる見通し。

(共同 02/01 19:13)
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by unkotamezou | 2005-02-01 22:14 | 皇室
皇室典範有識者会議
皇室典範有識者会議 女性天皇容認の方向 新たな宮家創設など課題

 「皇室典範に関する有識者会議」(座長、吉川弘之元東大総長)の議論は今後、女性天皇を認める方向で進みそうだ。「皇位継承を安定的に維持する」方策を考えるのが会議の大きなねらいであるためだ。わが国の歴史と象徴天皇制の根幹にかかわる問題だけに、有識者会議には幅広い視点や、広く専門家や国民の声に耳を傾けたうえでの慎重な論議が求められる。これから浮上しそうな主な論点を整理した。

《「女系」も論点に》

 平成十三年十二月に皇太子ご夫妻に第一子の愛子さまが誕生し、皇室には昭和四十年生まれの秋篠宮さまに続く男子皇族がいないことから、国民の間には女性天皇を認めるべきだとの声が高まっている。歴史上、女性天皇は十代八人いるが、いずれも「中継ぎ的役割」で、即位後に子供を出産し、その子供が即位した例はない。皇位は父方の血統に天皇を持つ「男系」で継承され、「万世一系」は保たれてきた。

 このため、まず女性天皇を一代限りで認めるか、女性天皇の子供も皇位継承者とし、皇室伝統の大転換を意味する「女系」そのものも容認するかが大きな論点となる。仮に女性天皇と女系の双方を認めた場合、男女を問わずに最初に生まれた第一子を優先させるのか、第一子でなくても男子を優先させるかなど新たな課題が浮上する。欧州の君主制十カ国をみると、スウェーデンやベルギーなどは第一子優先、英国、デンマークなどは男子優先を原則としている。

 また女性天皇を認めた場合、女性皇族が結婚後も皇室にとどまることになり、新たな女性宮家を創設する必要性が生じる。さらに、女性天皇や女性宮様の配偶者をどのように確保するか、財政上の観点から宮家創設の範囲をどこまで認めるかなどといった難問も控えている。

《旧宮家から養子?》

 一方、現存する「世界最古の王家」である皇室伝統を重視する立場をとれば、昭和二十二年にGHQ(連合国軍総司令部)の意向などで皇籍離脱した旧十一宮家の男系男子について、本人の意思を尊重したうえで(1)天皇や現宮家への養子(婿養子を含む)を容認する(2)皇族に復帰してもらい、新たに宮家を創設する-なども考えられる。

 十一宮家の中には、戦後、血統が途絶え、外部から入った養子が家名と神や祖先を祭る「祭祀(さいし)」を継いでいる家もある。

 だが、少なくとも四宮家に「二十-三十代の独身の男系男子が計十数人いる」(宮内庁関係者)とされ、皇族の身分への復帰について前向きな人も複数いるという。旧宮家は皇籍離脱して半世紀以上たっているため、自民党内には「急に新たな皇位継承対象者が現れても国民感情的に分かりにくい」「男系男子にこだわっては将来的に安定的な皇位継承者維持は難しい」などの慎重論もある。



 ■有識者会議メンバー 少ない専門家、人選に疑問の声も

 「皇室典範に関する有識者会議」のメンバー十人について、政府は「皇位継承制度などについて高い識見を有する人々の参集を求め、検討を行う」(昨年十二月の首相決裁文)としている。しかし、実際に皇室専門家といえるのは、日本古代史専攻で「平安の朝廷」などの著書がある笹山晴生氏と、皇室の重要事項を審議する皇室会議議員を務め、「皇室法概論」の著書がある園部逸夫氏くらいだ。座長の吉川弘之氏の専門はロボット工学で、メンバーの大半はむしろ門外漢だ。

 メンバーの顔ぶれから、政府・与党内では早くも「女性天皇容認という政府の『結論ありき』の会議ではないのか」(自民党幹部)との見方が強まっている。

 政府の男女共同参画審議会会長を務めた女性学の重鎮、岩男寿美子氏が選ばれたことで「女性天皇容認論をリードするのではないか」(政府関係者)とみられているためだ。

 日本経団連会長の奥田碩氏やギリシャ・ローマ文学が専門の久保正彰氏らについては「人選の根拠がよく分からない」(皇室研究者)との声もある。

 また、内閣官房副長官を八年七カ月も務めて官邸にパイプが太く、関係省庁ににらみが利く古川貞二郎氏は「最終的なまとめ役」とされる。

 半面、宮内庁長官経験者で皇室の実情に詳しい藤森昭一氏のほか、女性天皇に消極的とされる長官経験者の鎌倉節氏や『天皇-その論の変遷と皇室制度』など皇室に関する著書が多い大原康男国学院大教授らの専門家は選に漏れている。

 もともと首相や官房長官の私的諮問機関については「政府の意向を受けた発言力の強いメンバーや、事務当局の説明に引きずられる傾向がある」(諮問機関のメンバー経験者)。さらに、人選そのものにも政府の政治的意図が反映する。



 ■皇室典範に関する有識者会議のメンバー

 吉川弘之  産業技術総合研究所理事長・元東大総長(座長)

 園部逸夫  元最高裁判事(座長代理)

 岩男寿美子 武蔵工大教授・慶応大名誉教授

 緒方貞子  国際協力機構理事長

 奥田碩   日本経団連会長

 久保正彰  東大名誉教授

 佐々木毅  東大総長

 笹山晴生  東大名誉教授

 佐藤幸治  近畿大法科大学院長・京大名誉教授

 古川貞二郎 前内閣官房副長官

  =敬称略

http://www.sankei.co.jp/news/050126/morning/26pol001.htm
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by unkotamezou | 2005-01-26 21:19 | 皇室
旧皇族から養子検討
旧皇族から養子検討 皇室典範有識者会議「男系継承」探る

 政府は二十二日、女性天皇を認めるかどうかなど皇位継承のあり方について議論する小泉純一郎首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」で、戦後に皇族の地位を失った旧皇族の男系男子を天皇や皇族の「養子」とすることを認める養子制度容認案を検討する方針を固めた。「男系男子による皇位継承」という皇室の伝統維持、男子継承者のない現宮家の存続などの意味があり、関係者によると、「皇族の中にもこの案を支持する方がいる」という。

 戦後、連合国軍総司令部(GHQ)の意向などで「皇籍離脱」して皇族の地位を失った旧十一宮家をみると、東久邇家、久邇家、朝香家、竹田家などに「(養子の対象となりやすい)二十-三十代の独身男子が計十数人いる」(宮内庁関係者)とされる。

 皇室研究者によると、旧宮家の中には皇族の身分への復帰について「断る理由がない」「受けてもいい」などと前向きな人も複数いるという。

 このため、政府は有識者会議で、旧十一宮家の男系男子子孫について、個人の意向を尊重した上で

(一)天皇または皇族への養子(婿養子を含む)を容認する
(二)皇族に復帰してもらい、新たに宮家を創設する

などの案を検討する考えだ。

 具体的には、天皇・皇族の養子を禁じた皇室典範九条のほか、同十五条(皇族の範囲)の「皇族以外の者は、女子が皇后となる場合及び皇族男子と婚姻する場合を除いては、皇族となることがない」との条文改正の必要がある。

 有識者会議は二十五日に官邸で初会合を開き、皇室典範改正に向けた本格的な論議を始める。

 現在の皇室には、昭和四十年にお生まれになった秋篠宮さまより若い男子皇族はいない。政府は「皇位継承の安定的な維持」(細田博之官房長官)の観点から、女性天皇実現に道を開くかなどが主要検討課題となる。ただ、女性天皇を認め、その子供を皇位継承者とした場合、「皇統が男系から女系へと代わり、万世一系といえなくなる」(閣僚経験者)などの問題が指摘されている。

 各種世論調査などで国民の多くは女性天皇を容認している。女性天皇や女性宮家が実現しても、「配偶者が旧皇族の男系男子であれば、実質的に皇統は保たれる」(与党幹部)との指摘もある。

 ただ、有識者会議が「男系継承」を原則とするかどうかは未定で、議論の行方次第で、皇室伝統の歴史的転換となる「女系継承」容認に傾く可能性もある。



《高まる「女性天皇」論 「伝統知らぬ」の声も》

 皇位継承者を確保するため、女性天皇を認めるべきだとの論議は、明治憲法と旧皇室典範の策定作業中にもあった。戦後の日本政府とGHQとのやりとりや、国会審議の中でも「男女平等」の観点から取り上げられた。それでも、当時は「皇統の男系の男子がなくなるような心配はない」(昭和二十一年の政府答弁)との楽観論が支配的だった。

 しかし、昭和四十年の秋篠宮さま以降、皇族には男子は誕生していない。女性天皇や養子を認めない現行皇室典範のままでは、宮家はすべて断絶し、皇室は存続できなくなるとの懸念が政府や関係者の間で出ていた。

 そうした中で、平成十三年十二月、皇太子ご夫妻の長女、愛子さまが誕生、国民も女性天皇を現実の課題として意識するようになる。

 その後、中山太郎・衆院憲法調査会長が十五年末、産経新聞のインタビューに「最終報告書で女性天皇を認める方向だ」との考えを表明し、論議が再燃した。小泉純一郎首相も「女性天皇でもいいんじゃないかと思う」と発言。欧州の君主国十カ国中、英国、デンマーク、オランダが女王であるのも女性天皇容認論を後押ししているようだ。

 ただ、こうした風潮に皇室研究者ら識者からは「男系が続く皇室の伝統を知らない政府関係者や国会議員が多すぎる」などと“安易さ”を懸念する声も出ている。



【男系男子】皇位の継承順など皇室のあり方について規定し、国会が制定する皇室典範では第一条に「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」と定めている。男系とは父方の系統を意味し、皇位継承資格は古来、父方の血統に天皇を持つ男系であることを大原則としている。

 歴史上十代八人いる女性天皇はいずれも皇后だった未亡人か独身の皇女。即位後に子供を出産し、その子供が即位した例はなく、「臨時措置的な役割」(皇室研究者)を終えると皇位は男系に戻っている。

 現存する「世界最古の王家」である皇室にとって、皇位継承の危機は過去に何度もあった。いったんは臣籍降下(皇籍離脱)しながら皇族に復帰して即位した例(宇多天皇)もあるが、男系継承は守られ、「万世一系を保ってきた」(昭和天皇)のは間違いない。

http://www.sankei.co.jp/news/morning/23iti001.htm
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by unkotamezou | 2005-01-23 09:15 | 皇室
「女性天皇について」(後編)
斬る! 時事問題のトリビア・コラム!

  ~ 「女性天皇について」(後編) ~

http://nippon-shinwa.com/bcolumn_6.html

 瓊瓊杵尊ににぎのみこと以来、男系男子また男系女子の天皇が連綿として続き、天皇伝統を築き上げてきて、それが正統を踏む確固たる伝統となった日本の皇統であるが、二十一世紀へと至り、今また乱気流に巻き込まれつつあり、女帝の出現が現実のものとなろうとしている。このときにあたり、女帝とは男系の女子天皇のことであり、女系天皇は別の話ということとなる。

 先述のように、今まで皇統は男系で継承されてきた。女帝が出現しても、それは男系の女子天皇であって女系天皇ではなかった。それでは女系天皇とは何かといえば、男系の女子天皇が皇族や皇親でない男子と結婚なされて、そこに産まれた御子が、男女に関係なく次の天皇となられた場合、その生母たる女子天皇が、すなわち女系天皇であるということである。

 従って、そこで今まで長く続いてきた男系天皇の皇統は終り、それとは異なる別の新しい女系天皇の系統か始まることとなる。その女系天皇より生まれた次の天皇が男子なら、先述のように、

(三)女系の男子天皇

となり、女子なら、

(四)女系の女子天皇

となる。

 ここで注目すべきは、(三)の天皇(女系男子)は、その父親(皇配殿下という)の家筋を継ぐ立場であり、(四)の天皇(女系女子)は、母方の血筋を継ぐ立場であるということである。従って、皇配殿下は旧宮家筋、継体天皇は応神天皇の五世の孫という例に習えば、例えば、明治天皇の五世の孫の世代に求めれば、万事めでたく、まるく収まることとなる。

 それだけのことであり、女系天皇も是とする論議へと進む前に、五世の孫、あるいは四世の孫の世代に皇配殿下を求める努力がなされるべきであろう。万世一系の皇統とはいえ、それは一筋の細い流れではなく、五世の孫まで遡れる幅を持った流れであり、今までもそうであって、その流れの中に継がれるペき筋を求めるというのが正統を踏むということであった。

 正統を踏むということは、独り皇統のことだけでなく、広く皇統(天皇伝統)を慕い頼る民にも深く関係することである。民といっても、天皇否定論者もいれば、マルキスト、トロッキスト、アナーキスト(無政府主義者)らもいる。が、そうした天皇反対派をも含めて、抱いて人生を終らせるのが天皇に備わった御稜威みいつ(威厳)というものの真骨頂であり、それを手伝うのが天皇を慕う側の民の務めである。君民が一体となって努力していく、これを≪あまつひつぎ≫というが、そうしていけば、この君民一体のあり方は、天壌てんじょうと共に無窮むきゅうである、つまり天地が尽きるときまで繁栄し続けてていく・・・というのが、天照大神より賜った≪天壌無窮ノ神勅しんちょく≫の精神に他ならない。

<参考文献>
「母なる天皇」   B・シロニー 講談社
「天皇」      山口修    PHP研究所
「物語 神功皇后」 田中繁男   展転社
http://nippon-shinwa.com/sankou_c4.html
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by unkotamezou | 2005-01-22 13:41 | 皇室
「女性天皇について」(前編)
斬る! 時事問題のトリビア・コラム!

  ~ 「女性天皇について」 (前編)~

http://nippon-shinwa.com/bcolumn_4.html

 問題の核心は≪女性天皇≫というところにあるのではなく、≪女系天皇≫というところにある。

 つまり天皇とは、

(一)男系の男性天皇、
(二)男系の女性天皇、
(三)女系の男性天皇、
(四)女系の女性天皇、

の四つがあることとなるが、あとの(三)(四)は歴史上存在していない。つまり女性天皇はあったが、女系天皇はなかったということである。ものの順序として、男系の女性天皇について見てみる。

 孝明・明治・大正・昭和・今上(諡号しごうは恐らく平成)と近現代の歴代天皇五代を見てみると、見事に男系男子の天皇で貫かれている。これが瓊瓊杵尊ににぎのみこと以来の正統を踏んだ伝統であるが、その伝統に含まれる形で存在した古代の女性天皇(女帝)について、まずは見てみることとする(江戸時代などは今は措く)。

一、【西暦五九二-六六一年】
 推古(女帝)・舒明・皇極(女帝)・孝徳・斉明(女帝。皇極の重祚ちょうそ)

二、【西暦六七三-七二三年】
 天武・持統(女帝)・文武・元明(女帝)・元正(女帝)

三、【西暦七二四-七八一年】
 聖武・孝謙(女帝)・淳仁・称徳(女帝。孝謙の重祚)・光仁

 以上、三群に分けられる。通算しても足掛け百七十年間で、徳川幕府よりも短い。その短い間に八代六人の女帝が出ているということは、乱気流に巻き込まれたときのように不安定となった皇位継承という機体を何とか安定させようと努力した結果であったかと思われる。失速しそうになった機体を女帝が現れて何とか支えたわけである。

 それは、推古女帝以前にも前例があり、雄略天皇の次の清寧天皇が亡くなったとき(西暦四八四年一月)、皇位を兄と譲り合った顕宗天皇が直ぐには即位されなかったため、一日も為政は停められないと考えた兄弟の姉にあたる飯豊青皇女いいとよあおのひめみこが執政し、皇位の途切れるのを防いだことがあった。これを見て、イスラエルはヘブライ大学のシロニー先生あたりも、飯豊青尊を天皇として歴代に列するべきとされている。みことと尊称しているところより、すでに日本書紀編纂のころにも、そんな気運はあったのであろう。

 皇位を兄弟で譲り合った例は応神天皇の亡くなったときにも起きた。このときは仁徳天皇と弟皇子とが譲り合い三年近くにもなったが、その間、皇位は空位ではあっても、為政そのものに停滞がなかったのは、摂政として応神天皇の生母の神功皇后が健在であったからである。日本書紀は神功皇后を歴代天皇のように処遇しているが、あえて天皇と考える気運がなかったようであるのは、すでに長きにわたり摂政であったからであろう。

<参考文献>
「母なる天皇」   B・シロニー 講談社
「天皇」      山口修    PHP研究所
「物語 神功皇后」 田中繁男   展転社
http://nippon-shinwa.com/sankou_c4.html
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by unkotamezou | 2005-01-17 13:19 | 皇室