ブログトップ
奈良時代の大宰府に「交通ルール」牛車と人が分かれて通行

 福岡県太宰府市教委は8日、同市都府楼南5丁目の大宰府条坊跡発掘現場で、わだち跡のある奈良時代(8世紀)の条坊道路を発見したと発表した。わだちは路面の中央と左右の路肩に3本の筋を引くように見つかり、同市教委は「二輪の牛車(ぎっしゃ)などが道路の左右に分かれて通行していたと考えられ、一定の交通ルールが既に確立されていたのではないか」と分析している。

 発見された道路の幅は約3メートル。路面には縦方向にいくつもの溝が残され、路面中央と左右の路肩に集中している。わだちとわだちの間は1.0‐1.2メートルで、往来した牛車などの車輪間の幅が推測できる。わだちの深い部分は10センチ以上も地面に食い込んでいる様子が分かり、牛とみられる足跡も多数残されている。

 路肩の両側には側溝跡(幅2.0‐2.5メートル、深さ50センチ)も見つかった。片方(西側)の側溝にはわだちはなく、人や牛の足跡だけが見つかったことから、「荷物を運ぶ車両は道路を通り、それ以外の人や牛は側溝を歩いていたのではないか。車両と歩行者を分離していたとも考えられる」(市教委)という。

 大宰府条坊は、大宰府政庁を北端の中心に置き、碁盤目状に道路を整備した約2キロ四方の計画都市。今回の発掘現場は、条坊の南端に近い、中央より約200メートル西側の地点。発見されたのは南北に走る道路に当たる。

 市教委は「条坊道路が高い道路機能を備えていたことが確認できた。古代大宰府の交通事情は文字による記録がないだけに今回の発見は貴重だ」としている。

20年10月9日 00:23 西日本新聞

古代大宰府に“交通ルール”!? 牛車と人 分かれて通行 奈良時代 道路にわだち跡
[PR]
by unkotamezou | 2008-10-09 00:23 | 歴史 傳統 文化