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両陛下「サイパン慰霊」
両陛下「サイパン慰霊」 6月、初のご訪問 米と調整

 政府は四日までに、天皇、皇后両陛下が六月に米国領サイパンを訪問されることで、米国側と最終調整に入った。今年が戦後六十年にあたり、陛下ご自身が、サイパンを含む南方地域での戦没者への慰霊の気持ちを表したいと希望されており、実現することになった。同地域への両陛下のご訪問は初めてで、戦後も皇族の訪問はない。

 当初、太平洋諸島のマーシャル諸島、ミクロネシア連邦、パラオなどの訪問も検討されたが、移動手段や警護の問題もあり、サイパンに限ることにした。首席随員は森喜朗元首相が務める予定。

 サイパン島を含む北マリアナ諸島は、一九一九年のパリ講和会議で日本の委任統治領とすることが決まった。多くの日本人が入植し、サトウキビ、コーヒー豆、サツマイモの農業に加え、国策会社の南洋興発株式会社の手で、精糖、アルコール製造、水産加工なども展開。日本との貿易が盛んに行われ、当時、サイパンの在留邦人は十万人を超えたという。

 しかし、太平洋戦争末期の昭和十九年六月に米軍が上陸、激しい戦闘の結果、七月七日に日本軍は玉砕、多くの民間人が犠牲となった。米軍占領後、サイパン島に隣接するテニアン島に建設された米軍基地からは広島と長崎に原爆を投下したB29爆撃機が飛び立つなど、戦争末期、太平洋における米軍の戦略拠点となった。現在は米国領だが、今も日本軍司令部跡などが残っている。



 ■「忘れてはならない」強いご意思

 天皇陛下は皇太子時代から「日本人が忘れてはならない日」として、四つの日を特にあげられている。長崎、広島への原爆投下の日、沖縄戦終結日、終戦記念日だ。

 終戦から五十年にあたる平成七年夏、両陛下は戦災地への「慰霊の旅」を果たされた。「忘れてはならない」広島、長崎、沖縄。しめくくりは東京で大空襲による犠牲者を慰められた。当時を知る関係者によると、両陛下の強いお気持ちから実現した、慰霊のみを目的としたきわめて厳粛な旅だったという。

 当時、「慰霊の旅」後に出された「ご感想」にはこうある。

 「今日わが国が享受している平和と繁栄が、多くの人々の犠牲の上に築かれていることを深く心に刻み、これからも、この戦いに連なる全ての死者の冥福を祈り、遺族の悲しみを忘れることなく、世界の平和を願い続けていきたい」

 戦後繁栄を続けたわが国だが、半世紀を越え、苛烈(かれつ)な戦争の記憶は遠ざかりつつある。「忘れてはならない」すべての死者と遺族への思い。陛下の平和への祈りの原点であろうと思う。

 今回の、サイパンへの旅はこの「慰霊の旅」の延長線上にある。「ご感想」ではこうも述べられていた。「これら四地域にとどまらず、広く日本各地、また遠い異郷にあって…」。戦時、国外で倒れた人々、その関係者への思いをすでに吐露されていた。それが実現する旅となる。(河嶋一郎)
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by unkotamezou | 2005-03-05 07:05 | 皇室