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平城京の運河跡 銅製人形出土
災いはらう銅製人形など、平城京の運河跡から出土

 奈良市三条添川町の平城京の運河、東堀河跡で、厄災をはらうために使った人形(ひとがた)や人面を墨書した土器などが出土し、奈良県立橿原考古学研究所が24日、発表した。

 皇族や貴族らしか使えない銅製人形もあり、同研究所は「身分の高い人物が、けがれや災いをはらうため東堀河に流したものでは」としている。

 幅約9・5―10・1メートルの運河跡を南北約27・5メートルにわたり確認。奈良時代の銅製人形3点、木製人形約10点、人面墨書土器の破片約10点など祭祀(さいし)に使われた遺物のほか、長岡京遷都後の延暦6年(787年)の年号がある牛の飼い主を尋ねる「告知札」の木簡などが出土した。

 東堀河は市場への物資運搬などに使われ、現場は、平城京の三条大路と東堀河の交差地点。周辺には、左大臣・長屋王の邸宅跡や、「古事記」編さんにあたった太安万侶(おおのやすまろ)邸推定地などがあり、高位の人物が住んだ住宅街だった。

2005/2/24/17:05 読売新聞
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by unkotamezou | 2005-02-24 17:05 | 歴史 傳統 文化