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宿命の戦略を構想せよ
「宿命の戦略を構想せよ」井尻千男 拓大日本文化研究所長

「Voice」一月号 特集 二〇〇一年日本の自画像

 覇権主義と無縁なグローバリズムはない。日本と日本人が世界の覇権争いに参画する意志を固めないままに全面的にグローバリゼーションを推し進めていけば、この国は必ずや衰微し消滅する。覇権を争う意志があれば、自ずから求心力の伴うグローバリゼーションになるが、その意志なくば遠心力の増大とともに拡散し、国民国家の体を成さなくなること必定である。

 二〇〇一年の日本を考える際の最重要ポイントは、日本敗北の一九四五年に二十才だった青年は二〇〇一年に七十六才になり、十五才だった少年は七十一才になることだ。現役はおろか鬼籍に入る人もいる。日本人の質がすっかり変わってしまうのだ。このことは国際環境の変化よりも遥かに重大な問題と認識せねばならない。勿論次世代の教育に成功してれば、世代交代は新陳代謝であり活力の源泉でになる。だが失敗しているとすれば取り返しのつかない歴史の変質をもたらすだろう。

 政界、財界、そして国民各層は、次世代のリーダーを育てているか。教育とは学力知識ではない。歴史を引き継ぐ気概だ。共同体に精気と活力を与え、時には自己犠牲を伴う戦いに馳せ参じるような情熱を育てているか。顧みれば戦後復興も高度経済成長も人材論の視点からは戦前派と戦中派の功績だった。教育論の視点からは戦前の教育の遺産あってのことだった。二〇〇一年の危うさは、それらの遺産が完全にゼロで、百%戦後になると云うことである。

 百%戦後によって、一体どんな自画像が描けると云うのか、目鼻立ちのはっきりしない、ノッペラポーのお化けのような肖像画になることだろう。この空虚さにゾッとするとき、初めて歴史とか伝統というものが見えてくる。明治は四十五年間で「明治の日本人」という立派な肖像画を作り上げた。だがその明治をはるかに越える歳月を経た戦後と云う時代は「ノッペラポー日本人」と云うお化けしか作れなかった。

 戦後の日本人は軽率にも自己変革は可能だと軽信してきた。GHQによる戦後の諸改革から近年の抜本的改革論に到るまで、休みなく改革論議をやり続けた。変革論自家中毒症状に陥ち入ったようなものだ。そうしている中にに日本人の肖像がノッペラポーになってしまったのだ。そして不安になると決まって、「守るべき文化はあるのか」「守るに値する伝統とは何か」と問う。この問い方自体がどこかおかしい。何故なら歴史とか伝統までを功利的な選択肢の一つにしてしまっているからだ。守るに値するから守る、値しなければ守らない、つまり「自由と選択」の領域で考えている。そして選択肢は多いほどよいなどと、歴史や伝統を多様性の次元で考える。

 個人も社会も、「選択の自由」によって変わるようなものではない。改革論者はシステムを変えれば社会も変わり個人も変わると云うが、その論法は革命家気取りの左翼知識人が散々やってきたことだ。今日の日本のオカシサは、保守派の知識人までもが左翼同然の改革主義者になってしまったということである。

 自己変革がいかに困難か、各自の人生を振り返えれば分かる。個人がそうならば社会変革はもっと難しい。自己変革が成功したと思えることがあるとすれば、それは自分の「宿命」を再発見することによって起こった変化に他ならない。翻然として使命感に燃えたり、生き方を変えたりするのは、自己改革の結果ではなく、それまで気付かなかった宿命とか天命とか運命に目覚めたということにあったはずだ。

 個人の人生がそうならば、民族の歴史においてもそのようなことが起こるに相違ない。選択の自由の次元で考えている限り、歴史とか伝統といったものとは出会えない。その一点を押さえておかないと、歴史も伝統も真の姿を現さない。逆に云えば、選択の自由ということでは、どうにもならない領域のあることに思いを致すとき、はじめて歴史と伝統が立ち現れる。或いは変革、改革の呼び声に深く絶望した時、はじめて歴史や伝統が近づいてくるのだ。

 根本的改革などと大言壮語するにしては人生は余りにも短い。現役僅か三十年、責任ある地位はさらに短く、歴史物語のほんの一頁を書き継ぐにすぎない。その一頁を最良のものにするには、歴史に蓄積された最良のものを発見せねばならず、それを伝統と思えば何とかして次の世代に無傷のまま渡さねば、との使命感を抱く。この「宿命の自覚」が伝統を再発見させるのであり、そこに天命を直感した時「宿命の戦略」が立ち現れてくる。そして人間の能力が十分に開花し展開するのは、その「宿命を自覚」した上での戦略的意志においてなのである。

 人は屡々選択の自由に活力の源泉があると思いがちだが、エネルギーの源泉はむしろ「宿命の戦略」を立てた時から発するものなのである。今日の日本人が悲観論に陥り、エネルギーを失っているのは、長きにわたった改革論議の結果である。自信喪失もまた改革論議の果てにアイデンティティを見失ったからにほかならない。何故なら日本的経営を筆頭に、あらゆる日本的組織原理を否定して、日本人以外の何者かになれと言い続けてきたからだ。

 アメリカが批判していた頃はまだ良かったが、日本の識者達が競って自国を批判し出してから急速にこの国がオカシクなった。かくしてアイデンティティの喪失と自信の喪失が重なってしまった。日本人にアメリカ人のようになれ、と云うのはどだい無理な相談なのだ。しかも八十年代半ばまでは「世界に冠たる日本的組織原理」と云われ、今度は突然諸悪の根源になったのだ。

 伝統と云うものが如実に現れるのは組織原理においてである。従って最も変え難いものも組織原理なのだ。改革論議が致命的だったのはその為だ。その証拠に、改革論の急先鋒を務めたジャーナリズムや政治家達の組織原理は、何一つ変わっていないではないか。伝統となった組織原理には人間観と人生観が集積している。勿論長所もあれば短所もあり、時代により自覚の仕方も変わる。だから昨日まで誇ってきたことを今日から恥じるようなことも起こりうる。しかし悲劇は、迂闊にもこの根幹を容易に変えられると思ってしまったことだ。それも敗戦直後と近年の改革論議で二度も。

 伝統としての組織原理は守るべき否かの次元で論じる性格のものではない。いわば伝統における「聖域」である。私が「宿命の自覚」「宿命の戦略」と云うのはそのためである。時代による長所短所逆転があうとも、取捨して捨てる議論ではなく、宿命として丸ごと引き受ける他ないのである。宿命を丸ごと引き受けて「宿命の戦略」を立てると云うことは、無いものねだりではない。持てる「得意技を伸ばして」生きようとすることである。そしてそこに天命を感ずることが出来れば僥倖というものだ。

 なお、不得意のことには深入りしないことだ。伝統芸能の類も「宿命の徴し」であり、自分達の感受性や行動様式の現れ方の一つに過ぎない。だからこそ愛着を抱くのであり、これまた守るべきか否かの問題ではない。宿命の自覚があれば永遠であり、それが無くなればその時終わる。

 二〇〇一年が危ういのは、安易な改革論議を続けることにより、若い世代が何者にもなり得るとの錯覚を抱いてさまよい出し、全てのことを「自己の選択の領域」で考えるようになることである。そしてボーダレスだのグローバリゼーションなど云って他国の覇権主義に屈伏してしまうことである。その危険を回避し、人生における求心力、文化と政治における求心力を回復するには、ひそかに「宿の戦略」を構想するほかない。そうすればノッペラポーになってしまった肖像にくっきりした目鼻がつくと思う。

雑記帳より
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by unkotamezou | 2005-02-24 06:00 | 歴史 傳統 文化