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五世紀前半の大型居館跡
葛城氏の政治センターか 5世紀前半の大型居館跡

 奈良県御所市極楽寺で、5世紀前半の豪族居館とみられる大型建物などの遺構が見つかり、奈良県立橿原考古学研究所が21日、発表した。

 約1500平方メートルを幅13メートルの堀で囲み、大小の掘っ立て柱建物や塀の跡があった。高層祭殿とみられる遺構が出た南郷安田遺跡など、古代豪族・葛城氏の本拠地と考えられている南郷遺跡群の一角にあり、同研究所は「地域を統括、最も重要な祭祀(さいし)や政務を行った氏族の政治センターだっただろう」としている。

 古墳時代の大型豪族居館遺構は、祭祀場や倉庫などが並ぶ群馬県の三ツ寺遺跡(6世紀、約8000平方メートル)など関東で見つかっているが、西日本では例のない規模といい、極楽寺ヒビキ遺跡と名づけられた。

 大和盆地を見渡せる丘陵の上で、大型建物の柱穴は一辺8メートルと13メートルの二重の正方形になっていた。建物の四方に長さ2.5メートルのひさしがあり、西と南に縁側を付けた床面積225平方メートル程度の高床建物だったらしい。

 柱穴の中に火災による焼土が残り、5世紀中ごろの葛城円が、雄略天皇に焼き殺されたとする日本書紀を裏付けると指摘する研究者もいる。

 東西51.5メートル、南北23.5メートルの塀を立て、門もあったとみられる。門を出ると幅3メートルの堤を渡り、堀の外に出たらしい。物見やぐらのような建物の跡も見つかった。

 生活用土器は見つからないことなどから、住居ではないと判断した。

 葛城氏の始祖襲津彦の墓として有力視される宮山古墳は北東約3キロ。築造時期もほぼ同じで、同研究所は「襲津彦の館だった可能性も検討の必要がある」としている。

 現地説明会は26日午前9時半から。近鉄御所線忍海駅から有料バスが出る。(共同)


 葛城氏 大和国(現在の奈良県)葛城地方を拠点とした古代豪族。4世紀末ごろ、朝鮮半島に派遣された将軍葛城襲津彦を始祖とする。娘磐之媛が仁徳天皇のきさきになり履中、反正、允恭の3天皇を生むなど天皇家の外戚(がいせき)として栄えたが、5世紀中ごろの葛城円が雄略天皇に滅ぼされ衰退。その後、同族とされる蘇我氏が勢力を伸ばした。(共同)


 南郷遺跡群 奈良県御所市にある大規模な集落遺跡群で、1キロ四方に広がる。高層祭殿らしい二重構造の建物跡が見つかった南郷安田遺跡、祭祀(さいし)用とみられる導水施設が見つかった南郷大東遺跡などがあり、5世紀に栄えた葛城氏の本拠地と考えられている。農地整備のため1992年から調査が始まり、鉄器やガラス製品の工房や住居などの遺構も確認している。

http://www.sankei.co.jp/news/050221/bun082.htm
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by unkotamezou | 2005-02-21 18:56 | 歴史 傳統 文化