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天皇皇后両陛下の外国ご訪問前の記者会見の内容 在日外国報道協会代表質問

一 ご訪問国 : スウェーデン、エストニア、ラトビア、リトアニア、英国
二 ご訪問期間: 平成十九年五月二十一日~五月三十日
三 会見年月日: 平成十九年五月十四日
四 会見場所 : 宮殿 石橋の間

(在日外国報道協会代表質問)

問四 天皇皇后両陛下にお伺いします。世界各国の王室に対するマスコミや世間のプレッシャーや期待感が大きいのですが、特に日本の皇室に対してはそうだと思います。振り返ってみて、今まで直面した最も厳しい挑戦や期待はどのようなものでしたか。また、これらの挑戦や期待にどのように対応してきましたか。

天皇陛下 振り返ると、即位の時期が最も厳しい時期であったかと思います。日本国憲法の下で行われた初めての即位にかかわる諸行事で、様々な議論が行われました。即位の礼は、皇居で各国元首を始めとする多くの賓客の参列の下に行われ、大嘗祭も皇居の東御苑で滞りなく行われました。これらの諸行事に携わった多くの人々に深く感謝しています。また皇后が、この時期にいつも明るく私を支えてくれたことはうれしいことでした。

 私は、国民の幸せを願ってきた昭和天皇を始め歴代天皇の伝統や、天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であるという憲法の規定を念頭に置きながら、国や国民のために尽くすことが、国民の期待にこたえる道であると思っています。

 今日、大勢の人々に励まされながら、このような天皇の務めを果たしていることを、幸せなことと思っています。

皇后陛下 まだ学生であった一時期、セリエ博士のストレス学説が日本でも盛んに取り上げられていた記憶がありますが、私の若いころ、「プレッシャー」という言葉が社会で語られるのを聞くことはまだ余りありませんでした。戦争で多くを失った日本が、復興への道をいちずに歩んでいたころであり、もしかすると当時の日本人全体が強いプレッシャーの下で生きていたのかもしれず、ある意味で社会がプレッシャーを共有し、これを当たり前に感じていた時代であったのかもしれません。

 このような時代の続きであったためか、結婚後新しい生活に入り、多くの要求や期待の中で、一つの立場にある厳しさをことごとく感じる日々にあっても、私がそれをプレッシャーという一つの言葉で認識したことは無かったように思います。ただ人々の期待や要求になかなかこたえきれない自分を、悲しく申し訳なく思う気持ちはいつも私の中にあり、それは当時ばかりでなく、現在も変わることはありません。

 また事に当たっての自分の判断になかなか自信が持てず、これで良いのかしらと迷うことも多く、ある時のある事件が自分にとり大きな挑戦であったという以上に、自分の心の中にある悲しみや不安と折り合って生きていく毎日毎日が、私にとってはかなり大きな挑戦であったと言えるかもしれません。

 心が悲しんでいたり不安がっているときには、対応のしようもなく、祈ったり、時に子どもっぽいおまじないの言葉をつぶやいてみたりすることもあります。不思議に悲しみと不安の中で、多くの人々と無言のうちにつながっているような感覚を持つこともあります。この連帯の感覚は、本当に漠然としたもので、錯覚にすぎないのかもしれませんが、私には生きてきたことのご褒美のように思え、慰めと励ましを感じています。

問五 天皇皇后両陛下に伺います。ウィリアム・シェークスピアの作品「ヘンリー五世」の中で、国王が普通の人に成りすまして、市民の考えや感情を理解するために、その中に入っていくという有名な場面があります。もし、両陛下が、お供の方も、警護の方もなしに、ご身分を隠して一日を過ごす事ができるとしましたら、それぞれどちらにお出かけになろうと思われますか、また、何をなさりたいですか。

天皇陛下 シェークスピアの「ヘンリー五世」については、昔、映画で見た記憶があります。まだ平和条約が発効する前のことで、英国の対日連絡事務所の大使に当たるガスコイン政治顧問の招きで、この映画を見ました。フランス国王がヘンリー五世にテニスボールをおくる場面や、重武装のフランスの騎士が体を釣り上げられて馬に乗り、一団となって柵を巡らせた英国軍の陣地に向かっていく場面など記憶に残っていますが、質問の場面の記憶はありません。

 平和条約が発効した翌年英国女王陛下の戴冠式に参列し、その前後に欧米諸国を訪れました。戴冠式や関連する諸行事では大勢の参列者の一人という立場で参列者と接し、身分を隠していたわけではありませんが、大変自由で楽しいときを過ごしました。あるレセプションでは、米国の代表マーシャル元国務長官が私への紹介をルクセンブルクの皇太子に頼み、その結果、ご自身も私とは初対面のルクセンブルクの皇太子からマーシャル元国務長官を紹介されるという面白いこともありました。戴冠式には外国元首は参列しませんが、後に国王になった方は何人か参列されました。先のルクセンブルクの皇太子も後に大公となられました。戴冠式で私の隣に座った方はつい最近亡くなられたサウジアラビアのファハド国王であり、当時十九歳であった私と最も年齢の近かった参列者は、今のベルギー国王でした。

 身分を隠して何かをするということで、今、私の頭に浮かんでくることはありません。

 私は自然に触れたり、研究をしたりすることに楽しみを覚えていますので、そうした時間がもう少しあれば非常にうれしいと思っています。今度の外国訪問でも、もう少し時間があれば、田園地帯を専門家の人と動植物を見ながら歩いてみたいと思いますが、忙しい日程の旅行ですし、帰るとすぐ東京で行事がありますので、そのような計画はしていません。皇后は東京に戻った翌日、国際看護師協会のレセプションがあり、週明けには皇后と私の出席する原子核物理学国際会議の開会式とレセプションがあります。

 その後葉山で数日休養を取るつもりです。葉山では浜辺をよく歩くのですが、地元の人やたまたまその日に遠出して来た他の地域の人々など、様々な人々と出会います。今年の冬に訪れた葉山でのことでしたが、夕日が富士山に映えて美しく、その美しさを大勢の人々と分け合うように見ていたときの皇后は本当に楽しそうでした。私どもはまた浜とは反対の、川に沿った山道もしばしば訪ねますが、その道にはサンコウチョウが巣をつくっているところがあり、それを見に来る鳥の好きな人々とよく出会います。巣から尾だけ出しているサンコウチョウ、杉林の間を長い尾を引いて飛ぶサンコウチョウなどを眺め、見に来た人々と楽しい一時を過ごしたこともありました。

 皇后も私も身分を隠すのではなく、私たち自身として人々に受け入れられているときに、最も幸せを感じているのではないかと感じています。

皇后陛下 記憶に誤りがあってはと思い、大学の図書館から本をお借りして久しぶりに読みました。

 ヘンリー五世が英軍の陣営内で、身分を明かさずに、通りすがる兵士たちと話を交わし、そこから人々が彼らの王に対して持っている気持ちを知ろうとする場面が質問の導入部のところだと思います。

 質問の本体である、身分を隠し好きな所で一日を過ごすとしたらどこで何をしたいか、ということに対しては、意外と想像がわきません。以前、都内のある美術館で良い展覧会があり、是非見たいと思ったのですが、大きな駅の構内を横切ってエレベーターの所まで行くため、かなりの交通整理をしなくてはならないと聞き、大勢の人の足を止めてはとあきらめたことがありました。このときは、そこを歩く間だけ透明人間のようになれたらなあ、と思いましたが、これは質問にあった「身分を隠して」ということとも少し違うことかもしれません。

 そこで思い出したのですが、以前東京子ども図書館の会合にお招き頂いたときに、当日の出席者を代表して、館長さんから「かくれみの」を頂きました。日本の物語に時々出てくるもので、いったんこれを着ると他人から自分が見えなくなる便利なコートのようなもので、これでしたら変装したり、偽名を考えたりする面倒もなく、楽しく使えそうです。皇宮警察や警視庁の人たちも、少し心配するかもしれませんが、まあ気を付けていっていらっしゃいと言ってくれるのではないでしょうか。まず次の展覧会に備え、混雑する駅の構内をスイスイと歩く練習をし、その後、学生のころよく通った神田や神保町の古本屋さんに行き、もう一度長い時間をかけて本の立ち読みをしてみたいと思います。

天皇皇后両陛下の外国ご訪問前の記者会見の内容
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by unkotamezou | 2007-05-14 17:00 | 皇室