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世界に根づく日本のかまど アフリカや中南米で
世界に根づく日本のかまど アフリカや中南米で

2007-01-25 14:55

 かつて日本の台所で温かな湯気を立てていた「かまど」。国内ではすっかり見られなくなったが、日本人がそのかまどから着想を得て作った土製のかまどが、海を越え肌の色の違う人々の暮らしに根づき始めている。(津川綾子)

 岩手県出身でケニア在住の食物栄養学者、岸田袈裟(けさ)さん(63)がもたらした“日本のかまど”が、赤道直下の国、アフリカ東部のケニアの台所に登場して12年になる。「エンザロ・ジコ」(ジコはスワヒリ語で「かまど」)と呼ばれ、ケニアの主婦の家事労働を軽減するのに一役買っている。これまでに10万世帯以上に普及したという。

 かまど作りは、岸田さんがケニア西部のエンザロ村で1994(平成6)年に始めた。ケニアをはじめアフリカ各国の村落部では、3つの石で鍋を支え薪をくべて調理する方法が一般的だが、一度に1品しか調理できないうえ、石の隙間(すきま)から炎が逃げ熱効率も悪い。

 また、「薪が惜しい」と、飲み水は川の水を煮沸せず、そのまま飲むため、乳児が下痢をし、衰弱・死亡することは珍しくなかった。

 「生活のあらゆる問題は台所から解決できる」と岸田さん。少ない薪で調理すると同時に水を煮沸するにはどうすればいいか。1軒ずつ勝手口から台所を訪ね、鍋からつまみ食いをしながら現地の主婦に意見を聞き、考えた。そのうち、かつて郷里の実家の土間にあったかまどのことを思いだした。その原理を応用して、中央1カ所に薪をくべ、鍋や水がめが3つ同時に加熱できるかまどを考案した。

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 石を重ねて土台を作り、泥を塗り込んで数時間、「エンザロ・ジコ」は簡単に完成する。かまどの回りには主婦の人だかりができ、使い勝手の評判は口コミで広がり、各家庭で機能を競うように作られた。

 その結果、毎日往復10キロを歩き、拾い集めていた薪の必要量が4分の1となり、週末に子供が拾えば間に合うようになった。何より清潔な水がいつでも飲めるため、病気が減り、乳幼児死亡率が改善した。

 「でも一番よかったのは、女性が元気になったこと」と岸田さん。調理時の姿勢がよくなり腰痛も減り、かまどの珍しさから男性が自ら厨房(ちゅうぼう)に入るようにもなるなど、家庭が円満になったという。

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 国際協力機構(JICA)によると、岸田さんの例以外にもJICAの技術協力プロジェクトの一環でかまど作りの指導をする例が相次ぎ、これまでアフリカのマリやニジェール、ブルキナファソ、ルワンダ、中南米のメキシコなどで日本のかまどが広がっている。

 「タンザニアでは稲作をする6つの地域で、農作業と家事に追われる女性のためにかまど作りを指導しました。その結果、女性が労働に集中でき、1農家あたりの米の収穫量が年平均1トンほど増えました」(JICA農村開発部の中堀宏彰さん)

 また、青年海外協力隊員として2004(平成16)年から2年間ボリビアで活動した三宅康平さん(27)も5つの村でかまど作りを教え、「斬新ですてき」「腰が楽だ」と評判を呼び、村の代表に感謝状をもらったという。

 世界の人々の生活に息づく日本のかまど。岸田さんはさりげなくこう語った。「だって調理は地球上のどこでも必要でしょう?」

≪弥生時代に原型誕生≫

 著書に『かまど』(法政大学出版局)がある文化史研究家の狩野敏次さんによると、日本にかまどの原型が誕生したのは弥生時代後期。その後、古墳時代の中~後期に、より優れた住居の土壁と一体となったかまどが渡来人によりもたらされ、これが全国に広がったとされる。鎌倉時代には家屋の中に壁から独立して作った土まんじゅう型のかまどが登場、これを基本としたかまどが、地方の農家では戦前まで使われていたが、ガスの普及とともに徐々に姿を消したという。
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by unkotamezou | 2007-01-25 14:55 | 歴史 傳統 文化