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大津で巨大な「田原道」初発見 恵美押勝の乱の舞台
大津で巨大な「田原道」初発見 恵美押勝の乱の舞台

 大津市の関津(せきのつ)遺跡で幅約18メートルもある8~9世紀の大規模な道路跡が見つかり、滋賀県教育委員会が5日発表した。764年に起きた恵美押勝(藤原仲麻呂)の乱の舞台となった「田原道(たわらみち)」とみられる。田原道の遺構が発掘されたのは初めて。

 道路跡は南北に走る直線で、約250メートル分が確認された。路面は幅約15メートルで、両側に幅約1~3メートル、深さ10~30センチの側溝があった。出土した土器などから、8世紀初めから中ごろに造られ、9世紀後半ごろまで利用されていたらしい。

 見つかった道路跡を北へ約4.5キロ延長すると当時の役所・近江国庁跡があり、そこから西の瀬田唐橋を渡れば仲麻呂が造営を計画したという保良(ほら)宮の推定地に至る。

 仲麻呂は皇族以外で初の太政大臣となり絶大な権勢を誇ったが、僧道鏡との権力争いに敗れ逃走。続日本紀によると、平城京(奈良市)から近江へ逃げる仲麻呂を、追討軍が田原道を使って先回り、瀬田唐橋を落として行く手を阻んだという。

 道路跡の両側からは、整然と並ぶ60棟以上の建物群や、平城京で出土したものとよく似た羊形の硯(すずり)、当時の役人が着けた帯金具も発掘された。

 田原道は平城京から地方へ向かう七官道の一つ「東山道」の一部という説もあるが実態は不明。奈良時代の道路跡としては、藤原京跡で幅約25メートルの官道「中ツ道」跡などが発掘されている。

(10/05 19:13)
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by unkotamezou | 2006-10-05 19:13 | 歴史 傳統 文化