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見せた早実魂 受け継がれた伝統「偉大な先輩に感謝」
見せた早実魂 受け継がれた伝統「偉大な先輩に感謝」 高校野球

 「王先輩も、荒木先輩もできなかった夏の優勝をなし遂げられたことがうれしい」。決勝の延長再試合を1人で投げ抜いた早実の斎藤佑樹投手はクールな表情を崩し、そう話した。第88回全国高校野球選手権大会。第1回大会から参加している名門早実にとって、まさに悲願の初優勝だった。昭和32年春には2年生エース王貞治・現ソフトバンク監督(66)を擁して初優勝。55年には1年生エース荒木大輔・現西武コーチ(42)の力投で準優勝。届きそうで届かなかった夏の深紅の大優勝旗の獲得は、偉大な先輩の存在なしにはありえなかった。これを伝統と呼ぶのだろう。

 早実初優勝の瞬間をバックネット裏で見守った早実OBで同校コーチも務める江口昇さん(68)は、都内の病院に再入院している王監督へ「ありがとう。優勝しました。早くよくなってください」と悲願達成を報告する電話を入れた。王監督は「本当に強くなった。みんなをほめてやってください」と答えたという。ソフトバンクの球団広報によると、王監督は病室で「優勝は斎藤の熱投の一語につきる。本当におめでとう」と大喜びしていたという。

 江口さんは入院中の王監督を励ますため、甲子園入りしてから試合ごとに球場から勝利を報告。王監督のメッセージを宿舎で選手たちに伝えた。例えば「気力をもって、あきらめずに早実魂を最後までみせろ」と。

 3番を打った桧垣皓次朗選手は「王さんのコメントが精神的な励みになった」と話した。代打で活躍した神田雄二選手は「入院している王さんの薬にもなると思ってがんばった。優勝できたのは偉大な先輩のおかげです」と感謝した。

 選手たちが普段、汗を流しているのは2年前の夏に完成した王貞治記念グラウンド(八王子市)。移動用のバスのナンバープレートは、王監督の本塁打記録にちなんだ「868」。ナインは常に、偉大な先輩とともにあった。

 そして後輩の快進撃は王監督にとっても励みとなった。延長の末の逆転で甲子園切符をつかんだ西東京大会決勝の舞台、神宮球場の照明灯が病室の窓からみえた。「あそこで戦っているんだな、と思いながらテレビで見ていた」と退院会見で語った。後輩でもある和泉実監督は「王さんのために、今年だけは勝たせてください」と祈り続けてきた。

 王監督の早実時代に監督を務めた宮井勝成さん(80)も2回戦から甲子園球場に通った。優勝に「とにかく斎藤の気力がすごかった。王がいつもサインをするときに書く言葉通りの『気力』。いやそれ以上にやってくれた」と興奮気味に話す宮井さんは、決勝再試合を前に、王監督に電話をかけた。

 王監督は「長い歴史の中で決勝再試合は松山商と三沢の試合(昭和44年)以来。選手がこれだけ精いっぱいやってくれれば、先輩としては何も言うことはない」と話したという。宮井さんによると、王監督は病院内を散歩するなど経過は良好で、「本人は、もう退院したいと話している」という。後輩の優勝に力をもらい、王監督が元気な姿をみせる日も早まりそうだ。

≪早実OB・荒木氏 「誇りに思う」≫

 西武の荒木大輔コーチは21日、東京都内の自宅で母校の夏の甲子園初優勝を見届けると「早実らしい粘り強い野球だった。誇りに思う」と後輩たちの快挙をたたえた。

 両エースの活躍に注目が集まりがちだったが「投手力だけでなく、守りが堅く、足も使え、攻撃力は破壊力十分だった」と勝因を分析した。

 荒木氏は昭和55年夏に1年生ながら準決勝まで好投を続けたが、連投の疲れから横浜高との決勝では途中降板した。

 自分の経験から、両校のエースが連投で肩を酷使することを心配し「雨が降ってくれないかな」と話していた。

 「荒木2世」といわれる斎藤投手については「速球だけでなく、状況に応じてカウントが取れる。今後に向け、ゆっくり休んでほしい」と力投をねぎらった。

(08/22 09:01)
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by unkotamezou | 2006-08-22 09:01 | 冒險 競技 藝能 娯楽