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清少納言が食べた「あて」を再現 いにしえの甘み求め
清少納言が食べた「あて」を再現 いにしえの甘み求め

「削り氷にあまずら入れて、あたらしきかなまりに入れたる」清少納言「枕草子」より

 いたた…。夏になるとつい手が出てしまうかき氷だけど、クーラーの効いた部屋で食べたりすると、すぐに匙(さじ)が止まってしまう。涼味を通り越して体は冷えてくるし、こめかみがキーンと痛くなる。

 考えてみればぜいたくな話だ。こんなふうに氷を食べることが当たり前になったのは、それほど昔のことではない。近世までは、冬のうちに氷や雪を氷室(ひむろ)と呼ばれる穴に運び、夏まで大切に保存していた。夏場の氷は当然、3口ぐらいで投げ出すようなものではなかったはず。

 清少納言の「枕草子」に、こんな一節がある。

 『あてなるもの。…削り氷にあまずら入れて、あたらしきかなまりに入れたる』

 あまずらとは、ツタの樹液を煮詰めて作った甘味料。金物の器(かなまり)に、削った氷を盛り付け、あまずらをかける。今のかき氷とそっくりな氷菓子を、みやびで上品なものだと、清少納言は絶賛している。

 イチゴ、メロン、ミルク、宇治…。いま、かき氷のシロップは目移りするほどたくさんあるが、平安朝の姫君たちが食べた「あまずら」というのは、一体、どんな味だったんだろう。その味を再現した人がいると聞いて、石川県金沢市を訪ねた。

 「街おこしにつながればいいなと思って作ったんですよ」

 そう話すのは金沢市の奥座敷、湯涌(ゆわく)温泉にある旅館「かなや」の女将、安藤喜代子さん。だけど、どうして金沢で「枕草子」なんです?

 「ご存じかしら? 金沢は『氷室』で有名なことを。毎年『氷室まんじゅう』を食べる風習もあってね」

 豪雪地の金沢。かつてはあちこちに氷室があって、夏に取り出された氷は、江戸の将軍にも献上されたそうだ。

 戦前まで、いたるところに残っていたという金沢の氷室も、冷蔵庫の普及にともなって少しずつ姿を消した。今では、旧暦6月1日の「氷室の節句」に、まんじゅうを贈答し合う風習だけに…。

 消えていく伝統を後世に残そうと、湯涌温泉観光協会が氷室を復元したのは昭和62年のこと。それ以来毎年、大寒のころに雪詰めをして、氷室の節句の前日に、氷を取り出す「氷室開き」をおこなっている。

 「これほど苦労して作った氷を、昔の高貴な人たちはどうやって食べていたのかしらって考えたときね、思い出したんです。高校時代、習った枕草子にかき氷の描写があったなって」

 氷室開きの日にあわせて、1000年前のかき氷をふるまおうと、「あまずら」の再現に取り掛かった安藤さん。

 日本に自生していて甘みのとれる植物はなんだろう-。漢方薬の権威に「アマチャヅルでは」とヒントをもらったが、「煮出してもだめ。煎(せん)じてもだめ。何をしても甘いどころか、苦くてね」。

 いにしえの甘みを求めて、県内外の和菓子屋や漢方薬の専門店に問い合わせ、最後にたどり着いたのは、四国の薬局だった。分けてもらったのはヤマアジサイの一種「コアマチャ」の葉。乾燥させたものを煮出して、“平成のあまずら”が完成した。

 緑あふれる庭に面した縁側で、かき氷をいただく。

 透明なグラスに入った「あまずら」はうっすらとした黄金色。削った氷は、古典に従って、スズの器に盛り付けられる。そっと手を添えると、キリリとした冷気が伝わってきた。触るだけで暑さを忘れそう。

 金色のシロップは氷にかけると色を失い、ただ、ほんのりとした上品な甘さが口の奥で広がっていく。

 「冷蔵庫やクーラーがなくても、昔の人は知恵を絞って暑さをしのいでいたんですね」と安藤さん。

 縁側を、山の香りを含んだ夏風が、心地よく吹き抜ける。クーラーよりも涼しげに。

≪おしながき≫

 枕草子 平安時代中期の随筆。清少納言の作品。鴨長明の「方丈記」、吉田兼好の「徒然草」と並び日本3大随筆と称される。「虫は」「木の花は」「すさまじきもの」「うつくしきもの」に代表される「物は」の「類聚章段」をはじめ、日常生活や四季の自然を観察した「随想章段」、作者が出仕した定子皇后周辺の宮廷社会を振り返った「回想章段」(日記章段)など多彩な文章からなる。源氏物語とともに平安文学の双璧とされる。

(08/05 16:34)
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by unkotamezou | 2006-08-05 16:34 | 歴史 傳統 文化