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世にも美しい日本語入門
狂言師・山本東次郎 『世にも美しい日本語入門』

安野光雅、藤原正彦著 読書で得る美的感受性

 今年の大ベストセラー『国家の品格』の著者、数学者の藤原正彦氏と、画家、安野光雅氏が、美しい日本語について思いのたけを語り合ったのがこの本である。

 「美しい日本語」とは「春眠(しゅんみん)暁(あかつき)を覚えず 処処啼鳥(しょしょていちょう)を聞く 夜来風雨の声 花落つること知る多少ぞ」(孟浩然『春暁』)、「小諸なる古城のほとり 雲白く遊子悲しむ 緑なす●萋(はこべ)は萌(も)えず 若草も●(し)くによしなし」(島崎藤村『千曲川旅情の歌』)、「さ霧消ゆる湊江の 舟に白し、朝の霜。ただ水鳥の声はして いまだ覚めず、岸の家」(小学唱歌『冬景色』)など。私の世代の者なら誰でも、子供の頃、当たり前のように耳にし、親しんだ言葉である。

 お二人が言葉の美しさにこだわるのは「美しい日本語に触れないと、美しく繊細な情緒が育たない」からである。ひらがな、かたかな、漢字を自在に使いこなす日本人は世界一言葉に敏感な国民に違いないが、現在、小中学校の国語の時間が減らされて十分な教育ができないため「それに伴って思考力も落ちていく。情緒力も落ちていく」ことに危機感を抱く。

 「美的感受性を自分の手でつかむためには、何と言っても本を読むことが大切」で、昔のように問答無用で古典文学をどんどん読ませる。ルビをふることで難しい漢字にも慣れさせる。声に出して読ませれば五七五七七の快いリズムが心の中に刻まれる。そして「当座はその意味はわからなくても、記憶の中に沈殿(ちんでん)して、大人になってわかってくる」。心の柔らかな子供時代に蒔(ま)いた種は、いつかきっと花開き、実を結ぶ時が来るという信念がここにはある。

 能楽の世界では、子供は師の言葉や謡(うたい)を耳で聞き、正確に繰り返して覚える。子供には能の謡や狂言の科白(せりふ)の意味などほとんどわからないが、その言葉の美しさやリズム感が心身に刻み込まれ、耳で聞いた音を正確に覚えることができるのだ。意味はやがて自ずと理解するようになる。

 狂言のことを言えば、そうやって二十代までに覚えた、およそ二百曲の狂言と、百五十曲あまりの能の間(あい)狂言の科白(せりふ)は、ほぼ一生忘れることなく、年老いても快く口をついて出る。

 非論理的であるとして、戦後の学校教育から消えてしまった日本の伝統的教育法が能楽界では今も厳然と生きている。能楽六百年の歴史がお二人の考えの正しさを証明していることを、知って頂ければ幸いである。

【プロフィル】山本東次郎

 やまもと・とうじろう 昭和十二年、東京都生まれ。大蔵流狂言師、三世山本東次郎の長男。昭和四十七年に四世東次郎を襲名、古典の復曲なども手がける。著書に『狂言のすすめ』など。

●=くさかんむりに繁

●=籍のたけかんむりをくさかんむりに

05/29 05:00
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by unkotamezou | 2006-05-29 05:00 | 歴史 傳統 文化