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田中大作さんの研究書、五十五年の時超え教科書に
55年の時超え…“夢”の教科書に 台湾統治時代 建築物を研究

日本人教諭の労作、交流も復活

 日本の台湾統治時代、台北工業学校(現台北科技大学)で教壇に立った日本人教諭が台湾建築について調査した“幻の研究書”が五十五年ぶりに発見され、今年、同大学の教科書として刊行された。当時、教諭から教え子の台湾人に託されたが、その後行方不明になっていたという。研究書は台湾先住民「高砂族」の住居などを写真を交えて紹介。先住民の建築物はほとんど現存していないため、台湾建築史の謎を解明する上での、半世紀のときを超えた貴重な資料となりそうだ。

 研究書は、「台湾島の建築に関する研究-台湾建築の全貌(ぜんぼう)」とのタイトルで、台北工業学校元教諭の故・田中大作さん(明治二十四-昭和四十八年)が執筆した。

 田中さんは東京帝大を卒業後、昭和六年から台湾総督府に勤務。統治時代の代表的建築物とされる台北公会堂(現中山堂)の構造設計に携わるなど台湾近代化に尽くした後、十三年ごろから終戦まで台北工業学校で建築学を教え、霞が関や新宿副都心などを手がけた世界的建築家、郭茂林さん(84)らを輩出した。

 研究書は台湾在住時に実測調査して集めた資料を日本に持ち帰り、戦後間もない二十五年に書き上げたとみられる。三百九ページすべて手書きで、高砂族の建物のほか、寺院や城郭などあらゆる建築物を網羅している。

 特に、高砂族については、部族ごとに言葉や風俗が異なっていたとされる九部族をそれぞれ調査。日本の古代建築のように竹や茅で作られた掘っ立て住居や高床式の穀物庫などを、写真や平面図を交えて詳細に紹介している。台北科技大学によると、こうした建築物は大半が失われているうえ、体系的に記した書籍も少なく、研究書は台湾建築史を知る上で貴重という。

 田中さんは研究書を執筆後、教え子の台湾人男性に「台湾発展のために役立ててほしい」と託したが、男性は島内の政情不安のため研究書を発表できないまま、三十二年前に死去。その後、研究書は存在も行方も知られていなかったが、昨年、男性の妻が自宅の押し入れを掃除した際、偶然発見したという。

 妻から研究書を持ち込まれた大学側は、学術的に重要な資料と判断し、即座に発刊を決定。今年から工学部の教科書として採用した。また、同大学は刊行直後の三月下旬、日本人同窓会組織にも送付。これをきっかけに、日台に分かれて音信が途絶えていた卒業生が再び連絡を取り合うなど、半世紀を超えた交流も復活している。

 台北工業学校校友会関西地区会では四月十八日、兵庫県淡路市で開いた同窓会で、岩藤吾郎会長(84)=大阪市西淀川区=が参加者十五人に研究書を披露。

 参加者のうち、田中さんの教え子の岡本次男さん(78)=岡山県備前市=と見市正徳さん(77)=香川県坂出市=は当時、田中さんの調査を直接手伝ったといい、「田中先生の功績が認められたようで、とてもうれしい」。岩藤会長も「日台友好の証しになる一冊」と喜ぶ。

 同大学は「日本と台湾のきずなが生んだ奇跡のような出来事。日本人が台湾発展に尽くしたことを示す書であり、大切に使いたい」としている。
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by unkotamezou | 2006-05-06 15:00 | 歴史 傳統 文化