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藤原定家「明月記」の超新星、千年後の姿をX線衛星「すざく」が撮影
X線衛星「すざく」撮影 定家「明月記」の超新星、千年後の姿

 平安・鎌倉時代の歌人、藤原定家の日記「明月記」にも記述がある超新星「SN1006」が西暦一〇〇六年に出現してから一日でちょうど千年。地球に最も近く、最も明るく輝いたとされる超新星は、当時「客星」と呼ばれ、凶事の前兆とされた。現在、肉眼では見ることができないが、昨年七月に打ち上げられたエックス線天文衛星「すざく」が、千年後の姿をとらえた。

 「寛弘三年四月二日癸酉夜以降、騎官中有大客星」(一〇〇六年五月一日夜、騎官=現在のおおかみ座=に超新星が現れた)

 SN1006は明月記の寛喜二年冬記に記録されている。定家は歌など多彩な文芸活動のほか、占星術や陰陽道にも関心があり、過去のさまざまな異常現象を陰陽師らから聞き書きしたとみられる。方角、日時から、二十世紀になって超新星SN1006と特定されるとともに、明月記は貴重な文献として世界中の天文学者の間で知られるようになった。

 「すざく」の観測データの分析を続けている京大理学研究科の小山勝二教授によると、SN1006は地球から約六千光年離れた距離にあり、爆発時は太陽の五十億倍の光を放っていた。地球からの明るさはマイナス9等級で、昼間でもはっきり見えたはずという。

 一〇〇六年は、左大臣に昇進した藤原道長が徐々に力をつけ始めていたころ。朝廷では占星術が流行しており、天体現象が政治にも大きな影響を与えた。特に超新星や彗星は飢饉(ききん)や疫病など不吉な出来事の前兆として恐れられたとされ、SN1006の出現が貴族、民衆を驚かせたのはまちがいない。

 その後、爆発で噴出したガスは超高速度で膨張を続けており、現在の直径は推定六光年。今では肉眼で見ることは不可能だが、「すざく」が撮影した画像には、約二百万度の高温プラズマが、高エネルギーを持つ巨大なガス球に成長した姿が鮮やかに映し出されている。

 小山教授は「SN1006は天文学的にも貴重な超新星で、宇宙の起源を探る研究のステップになっている。日本の古文書に記録されていたことは大変意味深い」と話している。(藤原直樹)

【用語解説】超新星

 恒星が一生を終えるときに引き起こす大規模な爆発現象。明るさはマイナス9等級以上。爆発によって星の本体は分散するが、中心部に中性子星やブラックホールが残る場合もある。
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by unkotamezou | 2006-05-01 15:00 | 自然 科學 技術