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晴れやか紀宮さま 黒田さんとご結婚
晴れやか紀宮さま 黒田さんとご結婚

両陛下ご出席

 天皇家の長女、紀宮さま(36)と東京都職員、黒田慶樹さん(40)の結婚式が十五日午前、東京都千代田区の帝国ホテルで行われた。結婚式には天皇、皇后両陛下も出席された。代理の宮内庁職員がお二人の新居のある都内の役所に婚姻届を提出し皇族としての身分を離れ、黒田清子(さやこ)さんとなられた。現在、お名前が記録されている皇統譜からは十六日、皇籍離脱の手続きがとられる。天皇家の内親王のご結婚は昭和天皇の五女、島津貴子さん以来、四十五年ぶり。

 午前十時前、黒田家の使者で黒田さんのいとこ、直志(なおゆき)さん(54)が御所に紀宮さまを迎えにあがる「入第(じゅだい)の儀」が行われ、紀宮さまは御所で両陛下と最後のお別れをされた。皇居・正門から十時十分、車で出て、皇居前広場、日比谷通りを経由して式会場に到着すると、沿道の大勢の人々の祝福に応えられた。

 結婚式は同ホテルの宴会場「蘭の間」に祭壇を置き、神前式で行われた。式をつかさどる斎主は伊勢神宮の北白川道久大宮司。出席者は両陛下のほか皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻をはじめ皇族方、黒田さんの母、寿美子さん(70)ら三十一人。紀宮さまは白のロングドレス、黒田さんはモーニング姿で臨まれた。

 通常の神前結婚式と同様に、斎主の祝詞の奏上のあと、お二人の「盃(さかずき)の儀」や出席者らによる、「親族盃の儀」などが厳かに行われた。

 式後、両陛下はいったん皇居へ戻られ、宮殿で、結婚式に参列されなかった皇族、元皇族、宮内庁長官をはじめとした同庁職員、三権の長らから祝賀を受けられる。

 午後二時からは同ホテルで、結婚式を終えたお二人の記者会見、同四時からは両陛下、皇太子ご夫妻をはじめとした皇族、お二人の学友、関係者ら約百三十人が出席して披露宴が行われる。

 披露宴は、着席での茶会と立席でのレセプションで構成される。茶会では軽いフランス料理が供される。来賓を代表して石原慎太郎東京都知事が祝辞を述べ、乾杯の発声を行う。歓談の間に四人の来賓が祝辞を述べ、レセプションへと移る。最後に紀宮さま、黒田さん、黒田さんの母親、寿美子さんが出席者をお見送りする。引き出物は磁器製の白いボンボニエール(砂糖菓子を入れる小箱)で、ふたには黒田家の家紋にちなみ柏を、側面には紀宮さまのお印である未草(ひつじぐさ)を金銀で表した。

 紀宮さまは披露宴で、皇后さまがお持ちの着物を身につけ臨まれる。

 お二人は披露宴終了後のこの日夜、皇居からも近い都内の賃貸マンションに入られ、新生活をスタートさせる。

≪皇族の身分離れる≫

 結婚された紀宮さまは皇族の身分を離れ「黒田清子さん」になられた。皇族であることに伴うさまざまな制約がなくなり、選挙権や職業選択の自由が認められる。

 天皇や皇族にも基本的な人権の多くは認められているが、現実には立場上、活動が一定の範囲に限られる。

 天皇は「国政に関する権能を有しない」と規定され、政治的な活動や発言はできない。皇族も準じるが、民間人となれば、選挙権、被選挙権があり、公職に就ける。

 皇太子さまが、自分の学問として交通史を選んだ理由を説明される中で「政治史上の問題は難しいことでもあり、論文を書くことは、大変にいろんな面で問題があることなのではないか」と話されたような事情からも解放されそうだ。

 住居や移動も皇族であるがゆえの制約があったが、これからは、買い物も旅行もご自身の考え。

 一方で、皇族費による生活を離れ、一般の家庭のように給料などで生活され、年金にも加入することになる。

 戦後、結婚に伴い皇族を離れた天皇直系の女子は、昭和二十五年の昭和天皇の三女、故鷹司和子さん、二十七年の四女、池田厚子さん、三十五年の五女、島津貴子さんがいる。

■紀宮さま 昭和44年4月18日、天皇陛下(当時皇太子)の第1皇女としてご誕生。お名前は「清子(さやこ)」。お印は「未草(ひつじぐさ)」。学習院初等科、女子中、高等科を経て学習院大文学部国文科に進学され、平成4年3月の卒業後、山階鳥類研究所(千葉県)の非常勤研究助手、10年から今年6月まで非常勤研究員を務められた。

■黒田慶樹さん 昭和40年4月17日生まれ。東京都出身。学習院初、中、高等科を経て学習院大法学部に進学。秋篠宮さまは同級生。63年3月に同大卒業後、三井銀行(当時)に就職し、平成9年4月から東京都庁に勤務。現在は都市整備局都市計画課次席(係長級)。趣味は自動車、写真撮影。

11/15 15:42
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by unkotamezou | 2005-11-15 15:42 | 皇室