ブログトップ
両陛下、サイパンご訪問 激戦の地、黙礼
両陛下、サイパンご訪問 激戦の地、黙礼

 【サイパン=河嶋一郎】戦没者慰霊のためサイパン島を訪問した天皇、皇后両陛下は二十八日、島北部の中部太平洋戦没者の碑などに足を運び、この地の激戦で亡くなった多くの将兵、民間人らを追悼された。

 先の大戦中、昭和十九年六月から七月にかけてのサイパン戦では、日米の軍人、民間人、地元民ら合わせて六万人以上が亡くなった。中部太平洋戦没者の碑は、サイパンを含む中部太平洋で戦没した人々を国籍を問わず対象としている。両陛下それぞれが供花し、静かに頭を下げられた。

 続いてマッピ山北側で米軍に追い詰められた多くの日本兵、民間人が身を投じたスーサイドクリフのがけで黙礼された。さらにバンザイクリフでも、切り立ったがけから海を望みながらたたずまれた。

 この後、当初予定として公表されなかった沖縄出身者の慰霊碑「おきなわの塔」と朝鮮半島出身者の慰霊碑「韓国平和記念塔」に立ち寄り、ご拝礼。同日午後には島中部の敬老センターを訪問し、夜、政府専用機で帰国された。



■両陛下、戦禍の伝承願われ

 天皇、皇后両陛下の初めての慰霊のための海外ご訪問が無事終了した。遺族や旧日本兵らの高齢化が進む中、自ら外地へ赴いたことは、過去に埋もれてしまいそうな激戦の記憶をまさに身をもってよみがえらせようとされたといえる。それはかつて述べられた「語り継ぐこと」につながっている。

 陛下は、今年一月の新年「歌会始の儀」で次の御製を披露された。

 戦(いくさ)なき世を歩みきて思ひ出づかの難(かた)き日を生きし人々

 平和な時代が続いた戦後を顧みるとともに、苦難の時代を生きた人々への率直な思いを表現された。サイパンは外地にあって戦争に翻弄(ほんろう)された場所の一つだった。

 陛下は戦後五十年にあたる平成七年、長崎、広島、沖縄、東京と慰霊の旅を果たし、同年十二月のお誕生日会見で「戦争の惨禍については今後とも若い世代に語り継がれていかなければならない」と答えられた。

 平和を希求する姿勢は、戦争の悲惨さ、過酷さを理解するところから始まるが、時代も人々も変わる。この体験を次代に伝えていくことの難しさを陛下ご自身が感じているからこそ、語り継ぐことの重要性を訴えられたのだろう。今回、陛下はサイパン訪問前から遺族や生還者らと対話を重ねられた。現地入り後も多数の人と会話を交わされた。人々の戦争の記憶を語り継ぐことを自らに課されるかのように。

 二十七日、出発前に陛下は「今日のわが国が、このような多くの人々の犠牲の上に築かれていることを、これからも常に心して歩んでいきたい」と述べられた。このお気持ちをそのまま実践されていた。(サイパン 河嶋一郎)
[PR]
by unkotamezou | 2005-06-29 05:00 | 皇室