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旧日本兵 山川、中内さん 帰国望む漢字署名
旧日本兵 山川、中内さん 帰国望む漢字署名 桜井さんは残留希望か

 【ゼネラルサントス(フィリピン・ミンダナオ島)=鈴木裕一、大地山隆】フィリピン・ミンダナオ島で終戦を迎え、生存しているとされる旧日本兵二人が、メモに漢字で署名をしたうえで、日本への帰国を切実に訴えていたことが二十八日、分かった。一方、別の生存情報がある軍医だった男性は現地に残留を希望しているとみられ、接触できるか不明。マニラの日本大使館員らは仲介者の男性を通して二人との面会に向けた調整を続けており、この男性は「調整は終わった。大使館員との面会は近く実現する」と話した。

 メモを書いていたのは、旧陸軍第三十師団捜索第三十連隊第三中隊に所属していた山川吉雄中尉(87)=大阪市西区出身=と中内続喜(つづき)上等兵(85)=高知県明治村(現越知町)出身。

 在比関係者によると、メモは二人と接触した人が身元を確認するため、約七センチ四方の紙とボールペンを手渡し、書かせた。

 二人はそれぞれ手書きで、「山川吉雄」「中内続喜」と漢字で記載。さらに日本政府などにあてたメッセージとして、「日本に帰国したいので、よろしくお願いします」という趣旨の言葉を添えた。しっかりとした文字で書かれ、生存情報の有力な根拠になった。

 二人は終戦後、反政府ゲリラ「モロ・イスラム解放戦線」などが支配する山岳地帯で、六十年間にわたって生活。最近、ゼネラルサントス市郊外のスルタン(イスラム教国の君主)の支配地域に移って保護されており、メモはその時期に書かれたとみられる。

 また、二人とは別に生存情報がある同師団第四野戦病院の軍医だった桜井令一中尉(93)=兵庫県志方村(現加古川市)出身=は現地に残留することを望んでいるという情報もある。桜井さんは同島中央部マライバライに駐屯中、戦闘の合間を縫って現地の住民を診察、信頼が厚かったという。

 同師団が「自活自戦」による分隊を命じた後、集合場所の同島ワロエに向かったが、米比軍の迎撃に遭い、マライバライに引き返し終戦を迎えた。その後も、現地で医療活動にあたり、反政府ゲリラの活動が活発な山岳地帯でも医師をしていた。現地住民に要請され、とどまった可能性もある。

 結婚後は同島東部にあるフィリピン第二の都市、ダバオ市内で生活していたが、妻子と死に別れたため再び山岳地帯に戻ったとみられている。

 一方、厚生労働省の職員が同日、成田空港から現地に向けて出発した。二人と面会し、氏名、年齢、生年月日や出身地、旧陸軍での経歴や階級、現地に残った経緯などについて聞き取り調査する。そのうえで同省が保管している旧日本軍の人事書類と照合し、身元確認を行う。
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by unkotamezou | 2005-05-29 05:00 | 國防 軍事