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広島の男性、十数年前まで生存 比の旧日本兵
広島の男性、十数年前まで生存 比の旧日本兵
豹兵団 現地で結婚、孫も

 【ゼネラルサントス(フィリピン・ミンダナオ島)=鈴木裕一、大地山隆】フィリピン・ミンダナオ島で終戦を迎え、生存がほぼ確実視されている旧日本兵三人とは別に、「立上巌栄(いつえい)」と名乗る旧日本兵も終戦後、そのまま現地で暮らし、十数年前に九十歳代で死亡していたことが二十八日、分かった。

 立上さんは、広島県出身。生存がほぼ確実視されている旧日本兵、山川吉雄さん(87)=大阪市西区出身=、中内続喜(つづき)さん(85)=高知県明治村(現越知町)出身=と同じ陸軍第三十師団(豹兵団)所属だったとみられる。

 現地に残っている旧日本兵では、ほかに同師団所属の軍医だった桜井令一さん(93)=兵庫県志方村(現加古川市)出身=とみられる男性も生存していることが分かっている。

 立上さんは、終戦後もミンダナオ島の南にある小島・バルト島に残り、結婚して子供をもうけた。近くの集落には現在も子供や孫が生活しているという。

 日本国内では生死不明とされ、昭和四十二年二月に失踪(しっそう)宣告の裁判が確定。同年六月に戸籍が抹消された。

 関係者によると、終戦後も、フィリピン政府の統治が完全に行き届いていなかったミンダナオ島周辺に残り、結婚するなどして新たな生活基盤を築いていた旧日本兵は少なくなかったとみられる。

 一方、立上さんと同じバルト島で生き残り、今春に死亡したとされる「ワタナベ」さんは旧海軍に所属していたとみられることが新たに判明した。

 関係者によると、ワタナベさんは昨年末、現地で生存していることが確認され、日本帰国の意思を尋ねたところ、帰国を強く希望した。しかし、同関係者が今年四月、再び現地を訪れたところ、三月に死亡していたことが分かったという。

《厚労省職員 現地に出発》

 フィリピン・ミンダナオ島で旧日本兵とみられる男性二人が保護されたという情報を受け、厚生労働省社会・援護局業務課の職員が二十八日、成田空港から現地に向けて出発した。

 業務課によると、現地に派遣された職員は、すでに先着している在フィリピン日本大使館の職員と合流。外務省と連携しながら、旧日本兵とみられる男性二人と面会し、本人の氏名、年齢、生年月日や出身地、旧日本軍での経歴や階級、現地に残った経緯などについて聞き取り調査する。

 そのうえで同省が保管している旧日本軍の人事書類と照合し、身元確認を行う。また、面会後に日本にいる家族に接触し、本人の出征前の生活情報や出征時の状況などを聞き取る。本人の写真などを見せて身元確認を試みるという。厚労省は、「外務省や厚労省の職員がまだ直接本人と接触しておらず身元確認もできていない」(業務課)として氏名は公表していない。
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by unkotamezou | 2005-05-28 15:00 | 國防 軍事