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過去の帰還劇
過去の帰還劇

「恥ずかしながら…」横井さん 昭和47年
「命令がない限り」小野田さん 昭和49年
ゲリラ参加の2人 平成2年

 終戦から六十年。この間、長い年月を経て出征地などで旧日本兵らが見つかり、帰国したケースはあった。平成九年九月に八十二歳で他界した元軍曹、横井庄一さんと、元陸軍少尉、小野田寛郎さん(83)の二人は有名だ。

 横井さんはアメリカ領・グアム島のジャングルで昭和四十七年一月二十四日、発見された。島内のタロフォフォ川のほとりで、ボロボロの麻の服を着た横井さんを現地の漁民が見つけ、村の病院に搬送した。

 横井さんは発見されるまで、竹で床を作った洞穴(ほらあな)に住み、川で小エビを捕ったり、野生のブタを生け捕りにしたり、ヤシの実を取って生き延びていた。救助された横井さんは「天皇陛下を信じ、大和魂でがんばった」と語った。

 羽田空港に到着し、日本の地を三十一年ぶりに踏んだ際に横井さんが言った「恥ずかしながら生きて帰ってきました」は当時の流行語になった。

 一方、小野田さんは、肉親や厚生省(当時)の関係者による約二年にわたる捜索の末、四十九年二月二十六日、フィリピン・ルバング島で日本人旅行者の前に姿を現し生存が確認された。

 突然、灌木(かんぼく)の中から「だれだ」という声が。旅行者がじっとしていると、よれよれの濃緑の衣服に運動靴、旧日本軍の日よけのついた戦闘帽姿の男性が現れた。手には銃。「おれは小野田だ」と語り、「上官の命令がない限り、ジャングルで対米戦を続ける」。これがきっかけで、小野田さんの生存が伝えられ、救出作戦が展開された。

 小野田さんはバナナやココナツ、現地の農民が作ったコメなどを食べて暮らし、約三十年間、密林で耐え抜いた。現地で、当時の上官と再会し、任務の終了を告げられ、小野田さんはようやく“終戦”を迎えた。

 今回、元日本兵の生存が伝えられているミンダナオ島は共産ゲリラが活動する地域としても知られる。戦中に戦地に赴任し、共産ゲリラに参加した後に帰国した日本人も過去にはいた。

 平成二年一月十三日に帰国した田中清明さんと橋本恵之さん。二人は終戦前年にマレーシア・ケダ州の日系企業「日南製鉄所」に赴任。戦後、日本での原爆投下を知らされるなどしたことがきっかけで、マレーシア、タイ国境で反政府ゲリラ活動を展開していたマラヤ共産党(CPM)に参加した。

 二人は現地に残った理由について、「人民のために戦ってきた。マラヤ共産党に加わったのは英国植民地からのマラヤ独立運動に日本人として協力したかったから」と語っていた。
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by unkotamezou | 2005-05-27 05:00 | 國防 軍事