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誕生八十年秀麗無比なる 県民歌の時代

 「郷土愛の高調」を目的に県民歌が誕生したのは八十年前の昭和五年十月三十日。戦後の一時期に封印され四十余年前に劇的に復活した。そんな歴史とは関係なく今は新鮮な思いで聞く世代もいる。県民歌の歩みをたどってみよう。

[一体感]

「郷土チーム」を演出

 本県初のプロバスケットボールチーム秋田ノーザンハピネッツの開幕戦が行われた今月十六日試合に先立って会場の県立体育館(秋田市)に混声合唱による秋田県民歌が流れた。

 「秀麗無比なる鳥海山よ」で始まる格調高い歌詞と重厚なメロディーは華やかな雰囲気を一瞬だが引き締めた。「この歌って何」ときょとんとする人もいた。

 チームを運営する秋田プロバスケットボールクラブ社の社長水野勇気さん(二十七)は「おらがまちのチームなんだと思ってもらうには県民歌を合唱するのがいいと以前から考えていました。秋田への郷土愛や誇りを喚起し元気につなげたいという気持ちでチームを立ち上げたのですから」と話す。

 生まれも育ちも東京の水野さんが県民歌の存在を知ったのは二年ほど前。プロバスケへの理解を求めて首都圏の県人会に顔を出していると最後は決まって県民歌の合唱になる。歌詞を知り皆が声を合わせて歌えることを「いいなあ」と思ったという。

 「大リーグの試合では国歌やゴッドブレスアメリカを歌うでしょ。あれは『自分は米国人なんだ』と意識させる機会なんですよね。米同時多発テロのころ米国で生活していたのでよけいに愛国心の高まりを見せつけられました」(水野さん)

 秋田大教育文化学部准教授の佐川馨さん(五十)=音楽教育=は「県民歌は典型的な校歌と同じようにドレミの七音階からファとシを抜いた日本の伝統的な音階を基本にしています。それだけ日本人には歌いやすい」と話す。野球の応援で校歌を合唱するように県民歌は合唱することで一体感が得られるという。

 ハピネッツの開幕戦で県民歌を指揮したのは秋田の歌を歌い継ごうと今年五月に発足した非営利法人「秋田歌の繋がり」の理事長で元高校の音楽教諭川口洋一郎さん(六十二)=秋田市。この日の合唱団二十六人も同法人の活動に参加している。

 川口さんは「出演依頼を受けたとき若い世代に県民歌を知ってもらう良い機会だと思いました。プロバスケットの試合なら演奏会とは客層が違うでしょうから。どのような形であってもまずは歌ってもらわなくては残らない」と話す。

 個人で歌詞を大量印刷してホテルに配ったり振りを付けて普及させようという人たちもいて県民歌はちょっとした流行りである。

平成二十二年十月二十六日

誕生80年秀麗無比なる 県民歌の時代
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by unkotamezou | 2010-10-26 22:54 | 歴史 傳統 文化