ブログトップ
八田與一氏、台湾でドラマ化
八田與一氏、台湾でドラマ化 水利事業に生涯尽くした技師

中華電視社長「貢献欠かせない」
夫人役に松田聖子さん

 戦前の台湾で農業近代化に向けたダム建設と水利事業に生涯を尽くした日本人技師、八田與一(はった・よいち)氏と外代樹(とよき)夫人を主人公にしたテレビドラマの撮影が、五月から始まる。制作するのは台湾の四大地上波テレビ局のひとつ「中華電視」。同局の江霞社長は「台湾の歴史を考える上で八田與一夫妻の貢献は欠かせない」と話す。戦前の日本人が台湾でテレビドラマ化されるのは初めて。外代樹夫人役で歌手の松田聖子さんの出演も内定した。(台北 河崎真澄)

 不毛地帯だった台湾南部の嘉南平野およそ十五万ヘクタールを、八田氏がリーダーとなって烏山頭(うざんとう)ダムと総延長一万六千キロの農業用水路を着工から十年をかけて建設し、一面の穀倉地帯に変えた戦前の台湾で最大級の土木プロジェクト「嘉南大●(かなんたいしゅう)」。一九三〇(昭和五)年の完成から今年で七十五周年になる。

 前総統の李登輝氏が二〇〇二(平成十四)年十一月、慶応義塾大の学園祭に招かれながら訪日ビザ(査証)が得られず断念した「幻の講演」の原稿で「誠をもって率先垂範(そっせんすいはん)、実践躬行(じっせんきゅうこう)した日本人の精神の象徴」として紹介し、広く知られるようになった。

 八田氏は今年三月まで一年間本紙で連載された「凛として」でも取り上げられ、十六日に発売される単行本(扶桑社刊)でも収録されている。

 さきに家族と訪日した李氏は、昨年十二月三十日に八田氏の生家を金沢市に訪ね「八田氏は台湾の恩人だ」と話していた。

 中華電視の江社長は八田夫妻を主人公にドラマ化する狙いを「国民党政権時代に歴史から消されていた日本統治時代にも、現在の台湾経済の礎になっている重要な人物がいたことを、台湾の視聴者にもっと知らせたい」と話し、日台の歴史的な結びつきを前向きにとらえている。

 また、外代樹夫人は、数千人が働いた現場で生活衛生観念の改善にも力を注いだといい、夫が生涯をかけたプロジェクトを支え、最後に自らの人生も重ねた夫婦愛もテーマに描く。

 ドラマのタイトルは「水色嘉南」。八田氏の命日の五月八日に烏山頭ダムで撮影を始める。松田聖子さんの台湾ロケは九月ごろの見通し。放送は来年五月八日から。月曜日から金曜日まで毎日一時間番組として計二十回放映する。せりふは日本語と台湾語を使い、中国語(北京語)の字幕を入れることにしている。

 総制作費は八千万台湾元(約二億七千二百万円)で、一部は台湾の行政院(内閣)新聞局や文化建設委員会からも援助を受けている。またドラマのセットとして、八田夫妻が暮らした日本家屋を制作費の中から千五百万元(約五千百万円)をかけて復元する計画だ。

 台湾の財界人が八田氏の胸像を寄贈したことで知られる「金沢市立ふるさと偉人館」の松田章一館長は「金沢出身の八田氏がかくも台湾で評価を受け、戦後六十年を経てテレビドラマにまでなることに感動した。日本でもぜひ放映してもらいたい」と話している。



 八田與一 1886(明治19)年石川県生まれ。東京帝大で土木工学を学び1910(同43)年に台湾総督府の土木部技手として24歳で赴任。30(昭和5)年、当時アジア最大の烏山頭ダムと総延長1万6000キロの農業用水路を完成させた。42年にフィリピンに向かう船が撃沈され、56歳で死去。いまも5月8日の命日には烏山頭ダムわきの八田氏の銅像前で、八田氏を慕う地元の人々が慰霊祭を続けている。

 外代樹夫人は敗戦の年、台湾を離れることを拒んでダムに身を投げ、46歳で夫の後を追った。


●=土へんに川
[PR]
by unkotamezou | 2005-04-13 08:30 | 歴史 傳統 文化