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今もなほ美しい日本語が残るパラグアイ

 サッカーW杯決勝トーナメントでの対戦で日本でも知名度が急上昇したパラグアイ。この南米の小国に住む日系人が、世界各地の日系人の間でも際だって上手な日本語の使い手だという事実は、日本ではあまり知られていない。世代交代が進むとともに失われがちな日本語能力が、なぜここでは保存されているのか。理由を探るうち、パラグアイの日本語教育が直面する危機も浮かび上がってきた。対戦の余韻さめやらぬ現地から報告する。(同国中部ラ・コルメナ 松尾理也)

■遠く離れた土地

 「明日の試合で、パラグアイが勝つと思う人、手を挙げて」。居並ぶ小学生たちに日本語で問いかけると、全員の手がさっと挙がった。

 首都アスンシオンから車で約2時間。パラグアイ最古の日本人移住地ラ・コルメナの一角に、現地の子供たちを対象にした日本語学校がある。

 日本人が訪れることはまずないこの町で、日本語の質問を子供たちがすぐに理解する様子は、驚き以外の何物でもない。

 「言葉だけではなく、その背後にある文化への尊敬があって、非日系の子供たちも入学してくるんです」。そう説明する川端まり校長もラ・コルメナ生まれだ。その日本語に、外国なまりは感じられない。

■独特の日系社会

 パラグアイの日系人口は約7000人と、決して多くはない。さらにパラグアイと日本とのビジネス上のつながりや文化交流は決して密とはいえない。

 そんな中で日本語が保存されてきた理由は何か。現地の意見を総合すると、まずパラグアイの日系人は主に、ラ・コルメナをはじめ原生林を切り開いて作った移住地に居住していたため、一般社会との距離があったことが挙げられる。さらに、パラグアイ社会全体の開発がまだまだ遅れている中で、社会からの同化圧力がブラジルやアルゼンチンと比べ弱かったのではないか、との見方もある。

 その結果、南米各国の日系人社会の中でも、「パラグアイの日系人は飛び抜けて日本語がうまい」との評価が定着しているという。

 首都アスンシオンにも、日本人会に併設される形で日本語学校がある。日系人の栗田みすいさん(24)が出迎えてくれた。もちろん母語はスペイン語だが、その日本語は日本人とほとんど区別がつかない。

 アスンシオンにはまた、今年で設立から9年になる日本パラグアイ学院がある。授業はスペイン語と日本語をほぼ半々で行う。現在駐日大使を務めるナオユキ・トヨトシ氏らが私財を提供してできた学校だ。

 日本語教育の国際協力機構シニアボランティアとして現地に赴任している村田淑子さん(66)は、「地球の裏側で美しい日本語が継承されているのを知り、本当にうれしくなった」と話す。

■世代交代の波

 だが課題は山積している。教員や教材の不足は慢性的。さらに、せっかく日本語を磨いても、パラグアイでは就職など現実の利益にはつながらない。

 ラ・コルメナ日本文化協会の金沢要二会長は「パラグアイの日本語はこれまで、言葉を心の支えとする日系人の思いと、日本政府からの援助で奇跡的に守られてきた」と話す。だが、世代交代が押し寄せる中で日系人がいつまでも同様の思いを持ち続けるとはかぎらない。

 「今やグローバリゼーションの時代。ひたすらに守ってきた日本語も、南米各地の日系社会同士で支え合っていくといった発想の転換が必要じゃないかと思っているんです」。日本語を守り続けたいと願う栗田さんは今、そんなふうに考えている。

平成22年7月1日(木)午前8時0分

日系社会「世界一堪能」なパラグアイ 日本語教育の危機
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by unkotamezou | 2010-07-01 08:00 | 歴史 傳統 文化