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語り継ぐ尾久空襲

あす追悼演奏会

 昭和17年4月、米軍機による本土への初空襲を受けた荒川区東尾久の住民らが、空襲を受けた日にあたる18日、近くの首都大学東京荒川構内で「尾久初空襲を忘れない演奏会」を開く。日米開戦からわずか4か月後、空襲の事実は長い間、地元でも忘れられていた。昨年から始めた追悼演奏会を主催する尾久橋町会の副会長で数少ない体験者の一人、田村正彦さん(74)は、「若い世代に尾久の初空襲を語り継いでほしい」と願っている。

 初空襲は日米開戦から間もない翌年4月。日本近海に展開した米航空母艦ホーネットから飛び立ったB25爆撃機16機は、東京、名古屋、神戸などに分かれて向かい、各地で爆弾を落とした。

 都内では、新宿、品川区なども空襲を受け、東京を中心に約50人が死亡、四百数十人が負傷。荒川区史によると、尾久では死者9人、重傷者38人を数えたとある。尾久には、軍需物資を作る機械工場が集まり、攻撃の標的にされたといわれる。

 当時、小学1年生だった田村さんは、午後零時15分頃、帰宅直後に爆撃に遭った。「台所で水を飲もうと蛇口を開けた瞬間、ドドーンと大きな音がして、家の中で吹き飛ばされた。家がもちあがるほどの衝撃だった」と振り返る。隣家に爆弾が落とされたのだ。

 当時、陸軍がまとめた「空襲被害調査報告」には、各地の被害のほか、「最モ早キハ尾久方面ニ來レルモノニシテ十二時二十分頃」と、尾久が初の本土空襲だったことを示す記録もある。

 平成12年頃、同区内の市民団体が、初空襲の事実を知り、毎年4月、慰霊祭を行うようになった。10年目を迎えた昨年、地元の尾久住民からも「自分たちでも慰霊しよう」と声があがり、町会が主体となって、追悼演奏会を開催することになった。

 当日は、「尾久初空襲」についてまとめられたビデオを上映、田村さんらが初空襲や戦争体験を語る。東京荒川少年少女合唱隊や区立尾久八幡中吹奏楽部が、「赤とんぼ」などを合唱や合奏で披露する。

 田村さんは、「3月10日の東京大空襲とは被害のケタは違うが、真珠湾攻撃からわずか4か月後、米軍の最初の空襲を受けたという、事実を知ってほしい」と話している。

 午後1時半開演。入場無料。問い合わせは田村さん 03 3810 0800

平成22年4月17日

語り継ぐ尾久空襲
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by unkotamezou | 2010-04-17 23:09 | 國防 軍事