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大銀杏に宿る日本の心
大銀杏に宿る日本の心 “国技”床山は健在

 大相撲春場所(大阪府立体育会館)はあす13日、初日を迎える。外国人力士の台頭で国際化が進む中、厳然と日本の伝統を守っている技がある。力士の大銀杏(おおいちょう)を結う床山(とこやま)の技術だ。針金状の髷棒(まげぼう)とくしを使って作り出す力士の象徴は芸術的。国技健在である。(松本恵司)

 関取(十両以上)の証しである大銀杏は、香料などを練り合わせたびんつけ油を塗った鬢(びん)の髪を、長さ約25センチの針金状の髷棒を駆使して形作られる。髷棒は刃金製で床山の手作り。まげを一人前に結えるようになるには3年を要し、大銀杏は少なくとも5年かかるという。髪を引き出した角度が、生え際に沿って形よく流線形を描いているかどうかが勝負となる。

 床山歴46年の床邦(とこくに)さん(60)=本名・渡辺邦雄、春日野部屋=は、今年1月に特等(2人)に昇進し、床山会会長に就任した。

 入門したころは、朝4時に起きて玄関掃除、ちゃんこ番など下働き。「技は見て盗め、といわれたもんだよ」と振り返る。力士の髪に触れることすらできず、毎晩、仕事が終わった後に、部屋の屋上で幕下の頭を借りてけいこしたという。

 昭和30年代、月給はなく、巡業での支給額は1日50円だった。「田舎から仕送りしてもらったが、親方に、金のない苦労をしなきゃだめだ、と一喝され、送り返された」。今でこそ、初任給14万円が支給されるが、かつては文無しに耐えることも教えられた。

 修業を重ねた床邦さんは、先々代の春日野親方(元横綱栃錦)に目をかけられ、「失敗してもいいから、毎日、おれのひげをそれ」といわれた。何度か親方の顔に傷をつけたが、文句ひとつ言わなかった。ひげそりもけいこのうち。失敗しても大目にみる親方に、人間としての深さを感じた。

 大銀杏を結う技術に磨きをかけることができたのは、親方たちの生き方を盗んできたからでもある。「見分けは難しいが、形は全部違う。階級が上の床山ほど、自分の形を持っている」。技には揺るぎない自信がある。

 大銀杏を結って土俵に送り出す力士は、時代とともに様変わりした。春場所は幕内42人のうち、外国出身者が10人。昇進の話題も外国勢にさらわれ、日本人力士の影が薄い。声高になる国技の危機。とはいえ、伝統を支える日本人がいてこそ大相撲は成り立つ。

 床山とは、江戸時代に歌舞伎役者の特殊な髪を結う専属の調髪師、あるいは調髪師のいる部屋の総称だった。歌舞伎の床山が力士の髷結いを手伝うようになり、やがて相撲部屋にも専属の床山ができた。床(髪の毛)をたくさん(山)扱う人といった意味があるともいわれる。

 歌舞伎界で50年近く床山を務める鴨治欽吾さん(63)=東京鴨治床山社長=は語る。「取組までの限られた時間内に見栄えあるまげや大銀杏を作るには、熟練した技術が必要で大変なこと。後世にいいものを伝えていこうとする苦労があるからこそ、伝統は守られる」

 土俵で映える銀杏には、国技を守る“業師”の魂がこもっている。

■51人が所属

 義務教育を修了した満19歳までの男子に受験資格があり、国籍は問わない。しかし、これまで外国人が受験した例はない。採用後は相撲部屋に配属される。5等から特等まで6階級あり、勤続年数と技の習熟度で昇進する。定年は65歳。力士同様、徒弟社会での厳しい出世争いが続く。

 日本相撲協会に所属する床山は現在51人。昭和40年代初めまで30人台で推移し、43年9月に27人まで減少したが、徐々に盛り返し、平成2年3月には50人となった。
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by unkotamezou | 2005-03-12 17:55 | 歴史 傳統 文化