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対馬が危ない(一) 韓国 不動産相次ぎ買収

 古事記や日本書紀にも登場する「対馬」(長崎県)。国境を背負い、古来、防衛の要衝だった“防人の島”が、韓国パワーに席巻されている。韓国からの観光ラッシュに続き、島の不動産が続々と韓国資本に買い占められている。リゾートホテルに民宿、釣り宿…。過疎化に悩む対馬自身が本土よりはるかに近い韓国に傾斜せざるを得ないという複雑な事情もあり、豊富な資金力を武器に買収はこれからも激しさを増すだろう。韓国人観光客のなかには、自国領土と本気で信じ込んでいる人すらいる。日本人が気づかない間に、対馬は、安全保障、主権国家としての領土保全にかかわる深刻な事態にさらされつつある。

 対馬空港に到着してまず耳にしたのは、島内の不動産が韓国勢に買い占められていることを危惧する声だった。それも1人や2人からではなかった。中でも、「海上自衛隊の基地に隣接する土地が韓国資本に買収された」という話に危機を直感した。

 真偽を確かめるため、対馬市の中心街・厳原(いづはら)町から車で国道382号線を北上、海上自衛隊対馬防備隊本部がある対馬市美津島(みつしま)町竹敷(たけしき)を訪ねた。

 竹敷地区はリアス式海岸特有の湾曲に富んだ入り江と無数の小島からなる浅茅(あそう)湾に面している。古くは遣新羅使(けんしらぎし)が停泊するなど、船舶交通の中心だったが、明治19(1886)年に、自然が作った海の迷路を生かして、水雷施設部が設置されたほか、日清戦争後はロシアに対する前進根拠地として海軍要港施設が整備されるなど、国土防衛の要害であり続けた。

 余談になるが、近代に入り、ロシアやイギリスの対馬接近に脅威を感じた日本政府は、島内30カ所に砲台を整備。特に昭和初期に作られた上対馬の豊砲台には、巡洋戦艦から航空母艦に転用された「赤城」の40センチ連装砲塔を設置するなど、対馬海峡全体を防衛できるよう整備した。この豊砲台は太平洋戦争後、連合軍が解体を試みたが、あまりにも堅固すぎ爆破するしか手段がなかったという。

 このように、対馬は、風光明媚な観光地だけではなく、国土防衛の要の地として島全体が要塞として歴史を刻んできた。

 竹敷の集落に入るとすぐ、海沿いの左側にみえてくる大きな建物が防備隊本部だ。本部は、島北部の大浦(おおうら)基地と南部の安神(あがみ)基地を統括、対馬海峡近辺の情報収集に当たっている。防備隊本部と隣接してリゾートホテルが目に飛び込んでくる。

 対馬市議会の国境離島活性化特別委員会委員長の作元義文(さくもと・よしふみ)市議(58)によると、以前は、旧大洋漁業系の大洋真珠の加工工場だったが、真珠養殖業の衰退で平成14年に工場を閉鎖。海自に隣接するため、自衛隊に買ってもらうつもりで話をしていたが、先延ばししているうちに、昨年夏、島民名義で韓国資本に買われてしまったという。現在は、韓国資本が100%出資するリゾートホテルに様変わりしていた。

■行幸の碑も「人質」

 敷地内には、韓国の寺院を思わせる檜造りの門が来訪者を威圧するように構えている。駐車場に車を止めると、マネジャー風の韓国人男性が飛び出してきて、厳しい表情で取材はダメだという。見学するだけという条件で門をくぐると、10棟近くの戸建ての宿泊施設が並ぶ。門は“国境”の意味を兼ねているのだろうか。韓国領に足を踏み入れたような違和感を覚える。

 真珠工場が使っていたとみられるはしけには、釣り用のボートが停泊している。旧海軍ゆかりの赤煉瓦の弾薬庫が場違いな雰囲気で残されている。平成2年、天皇、皇后両陛下が長崎県を行幸啓(ぎょうこうけい)の折、真珠工場にお立ち寄りになったことを記念した「行幸記念の碑」が宿泊施設にはさまれ、人質のように鎮座している。

 敷地は険しい岸壁と海に囲まれ、外から中の様子をうかがうことはできない。ただ、海からはボートで自由に出入りできる作りになっている。

 韓国人男性によると、70人ぐらいは宿泊でき、近くの島民8人が従業員として働いているという。ある地元住民が匿名を条件にこう言って顔を曇らせた。

 「自衛隊の動向がいつも監視されているような気がする。買い戻そうという声が上がったこともあるが、一度買ったものを手放すはずがない。今さら、手の打ちようはないが、せめて両陛下の記念碑だけは市が引き取るなど対処してほしい」

 対馬で民宿を経営する在留韓国人によると、このリゾートホテルの実質的なオーナーは釜山に住む60代後半の畜産会社社長。最初は別荘を計画、知り合いの島民名義で3000坪を5000万円で購入したが、その後、2億5000万円の費用をかけてホテルに改築したという。

 この韓国人は「10人ぐらいの地元島民をかき集めて、突貫工事で完成させた。工費はすべて、現金で支払われた」という。

 そういえば、門に使われている檜は、至る所がひび割れしていた。生木を十分に乾燥させないで使ったためだろう。いかに急ごしらえで改築したか。その性急ぶりを象徴している。(編集委員 宮本雅史 Sankei Express)

■対馬

 長崎県に属し、周囲に大小98の属島を持つ国境の島。平成16年に6町が合併、島全体が対馬市となった。最大の街は厳原町で、福岡までは対馬海峡をはさんで約138キロ離れている。島の最北端の比田勝(ひたかつ)港から釜山までは最短距離で49.5キロと半分以下の近距離にある。ほぼ全域がリアス式海岸に囲まれ、島の中央部にある浅茅湾は風光明媚な観光地として知られる。『古事記』には最初に生まれた島の一つとして「津島」と、また、『日本書紀』には「対馬州」「対馬島」と記されている。古代から大陸との交流があり、外交面での要所であると同時に、防衛、侵攻の最前線基地だった。

20/10/27 17:08

【今、何が問題なのか】対馬が危ない(1) 韓国 不動産相次ぎ買収
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by unkotamezou | 2008-10-27 17:08 | 國防 軍事